カナーリス⑪
快人が紅茶ブランドの店舗を展開するという連絡は、当然ではあるがアルクレシア帝国の皇帝であるクリスにも届いており、彼女もまた他の王たちと同じようにその一件を最優先に対応していた。
「しかし、楽しみですね。ニフティの商品は現在は人気が高すぎて、貴族のような伝手の無い私では入手するのもなかなか大変だったので、購入できる機会が増えるかと思うと心が躍ります」
「御冗談を、それこそ私以上にあちこちに伝手を持っていてもおかしくないとは思うのですが……」
「ふふ、どうでしょうね?」
紅茶を運んできたメイド長であるアレキサンドラの言葉に、クリスは苦笑を浮かべつつ答える。間違いなく初代皇帝であろう人物であり、なおかつメイド界という世界中に強い影響力を誇る界隈で一目置かれるスーパーメイドであるアレキサンドラに伝手が無いなどとは何の冗談かと……。
実際、ニフティに関しても限定品の初期ロットカップを入手していたり、いまもどうやってかは知らないがある程度定期的に茶葉などを購入している。
実をいうとクリスはあずかり知らぬことではあるが、アレキサンドラは……アリアとして快人と親しくなっており、それ以降快人の友人枠として店舗に発注するのではなく、快人の家のアニマに直接注文を行う形式で購入することができるようになったので、定期的に商品を手に入れられているのだが……。
「しかし、疑問なのはこの代表のカナーリスという方ですね。かなりあちこちを当たってみましたが、まったくと言っていいほど情報がありません。ブランドを任されるというのであれば、それなり以上に能力がある方なのでしょうが、ここまでまったく情報が無いのは不気味ですね」
「ええ、偽名という線も考えて私の方でもあちこち探ってみましたが……経歴なども含め、一切情報がありません。ただ、カイト様の手紙を見たラグナ陛下が驚愕し、店舗の候補地を再選定し始めたという情報があります。噂話程度ではありますが、ラグナ陛下は知っている方である可能性がありますね」
「……ということは、私たちが知らないだけで大物である可能性が高いですね。しかし、これだけ過去の経歴が一切出てこないということは、幻王様が情報操作しているのでしょうかね」
「そうなると、我々で探るのは困難ですね」
カナーリスの情報が存在しないのは、そもそも彼女が異世界からやってきた存在であるというのが要因だが、流石に異世界から来訪した全能級の神で、トントン拍子でブランドを任された存在であるなどと思い至ることはできない。
結局最終的クリスとアレキサンドラは、アリスによって情報が操作されているのだろうと結論付けた。
どこにあるとも分らない白い空間に置いて、カナーリスは無表情のままで大量の冷や汗を流しながら目の前にいる仲のいい世界創造主を見ていた。
「……カナーリス……詳しく、詳しく説明してほしいんだ……私がまだ、理性を保っていられるうちに……」
「う、うす……」
快人の家に……つまるところ、ネピュラの住む場所に一緒に住むことになったことや、ネピュラの生産した商品を任されることになったことなどを、説明に来たわけだが……目の前の創造主の背後には「羨ましい」という文字が見えるのではないかという、嫉妬のオーラが立ち上っていた。
本当ならカナーリスもこんな、明らかに地雷になるであろう報告などしたくはなかったのだが……目の前の相手は全知持ちであり、隠していたとしてもいずれバレる。あとからバレた場合は銀河消滅パンチ程度ではすまないと考え、先に説明することを選んだ。
「……な、なるほどねぇ。つまり、ネピュラ様と同じ家で生活する栄誉を与えられて、ネピュラ様の作った品の販売を任されて……あ、挙句、貰った部屋はネピュラ様の世界樹がよく見える位置で、ネピュラ様とよく話せたり、部屋に招いて一緒にお茶したりしてるって……そ、そういうわけなんだね?」
「そうですね。いや~快人様の慈悲が半端ないといいますか、もう気遣いの鬼って感じでカッコいいわけなんですよ。自分が知り合いということを考慮して、ネピュラさんの近くに居られるように配慮してくれたわけです。たはぁ~これはキュンってきちゃいますね!」
「う、羨ましぃぃぃぃ! 私はまだ、ネピュラ様に挨拶に行くことに関してシャローヴァナルと交渉中なのに、カナーリスだけそんな天国みたいな! うぐぐぐ……」
「いやまぁ、自分も逆の立場なら同じ状態になりますし、気持ちは分かります。ですが、短絡的な行動は止めましょう。落ち着いて、自分たちは対話できる存在です」
嫉妬で狂いそうな目の前の創造主をなんとか宥めようとするカナーリスだったが……次の創造主の言葉で、その顔色は青を通り越して白くなった。
「……ま、まぁ、それに関してはいいよ。羨ましいけど……それ以上に聞きたいことがあるんだけど……ネピュラ様を膝の上に乗せたんだっけ? あとなんか、頭撫でたみたいだよね」
「……………………えっと自分は結構忙しいのでこれで失礼……したいんですけど……あ、駄目ですか……」
他の情報を正直に伝えることで、一番まずいであろうその話題だけは避けようとしていたカナーリスだったが、残念ながら逃れることはできず……少しの後に、カナーリスの悲鳴が響き渡った。
シリアス先輩「元ネピュラの配下には全知全能とかがゴロゴロいるから、隠し事ができないのか……カナーリスはご愁傷様」
???「それよりなんか、関係ないところでアリスちゃんのせいにされてません? いや、気持ちは分かりますが、私……アリスちゃんは今回無関係っすからね」