カナーリス⑩
シンフォニア王国王城の執務室では、国王であるライズと王太子であるアマリエがつい先ほど届いたばかりの快人からの手紙について話をしていた。
「ニフティの店舗を立ち上げてくださるのは非常にありがたいですね。いまやニフティの商品は社交界でも注目の的、ひとつも所持していなければ流行に遅れていると言われてしまいますが、これまでは複数の商会や店舗に個数を絞って降ろしている状態だったので、専用の店舗が出来るのはありがたいですね」
「ああ、それも三国同時に開店の予定だとか……国家間のバランスに配慮してくれた結果で、ミヤマくんには手間をかけてしまって申し訳ないが、彼の影響力を考えるとこの対応は本当にありがたい」
快人が立ち上げた紅茶ブランドは貴族の間で大流行している。元々、快人自身の知名度が貴族内で極めて高い上に、取り扱う品がどれも非常に素晴らしく貴族だけでなく紅茶好きの間でもすでにブランドの地位が確固たるものになりつつあるほどだ。
ただいままでは委託のみということもあって、委託されている商会や店舗への伝手の有無で入手難易度が変わっており、貴族の中でも比較的簡単に手に入れられるものと中々手に入れられないもので格差が発生していた。
しかし、快人が専用の店舗を作ってくれれば、ある程度公平性は確保できる。快人の持つ店舗に圧力などをかける愚かな貴族はすでに異世界の狂神によって調教済みであり、ライズたちにしてみれば貴族たちからの不平不満が減るし、在庫などの伺いも行いやすくなるので非常に助かる。
「……代表は、カナーリス……聞き覚えはあるか?」
「いえ、私の知る限りでは……ですが、シンフォニア王国の店舗だけではなく、ニフティ自体の代表を務めると記載されていますし、それにふさわしい能力を持つ方だとは思います」
「ミヤマくんのブランドを任されるわけだし、半端な者では幻王様や冥王様といった方々が納得しないだろう。いや、もしかしたら幻王様や冥王様のところから優秀な人材を派遣してもらったという可能性もあるのか……いちおう調べてみてくれ」
「分かりました。店舗用に提供する土地ですが……高級志向の店となることや、ミヤマ様の邸宅の位置関係も加味すると……この通りが相応しいと思います。念のために早期に土地を確保しておいて正解でしたね」
「いずれ、店舗展開という形になるのは予想できたからな……ミヤマくんさえ問題なければ、この場所に開店してもらうことにしよう」
これはシンフォニア王国に限った話ではないが、快人の紅茶ブランドがいずれ店舗を展開することも視野に入れているという情報は、各国の王たちも当然掴んでおり、そうなったときのためにそれぞれ適した土地は確保していた。
とりあえずは予定通りの展開だと、そんなことを考えながらライズとアマリエは快人への返事の手紙の内容を相談し始めた……のちに、代表であるカナーリスという人物の情報が、どこをどれだけ探してもまったく出てこないということに頭を抱えることになるのだが、それはまだ先の話である。
時を同じくして、ハイドラ王国の王宮にある執務室でラグナが快人から届いた手紙を読んでいた。
「まぁ、そうじゃな、そういう展開になるじゃろうて……場所もそれなりにいい場所を確保してあるし、問題は無い……うん? ああ、代表を据えるのか、確かにアニマ嬢の負担も大きいじゃろうし別の代表を選出するのは効果……的……で……」
「……陛下?」
呟きながら手紙を読んでいたラグナが突然硬直し、驚愕したような表情を浮かべたことで側近が首を傾げつつ声をかける。
しかし、その声はラグナの耳には届いておらず、ラグナは困惑しつつ思考を巡らせていた。
(カ、カカ、カナーリス様!? な、なんで、あのお方が……同姓同名の別……いや、それは無いな。そういえばそもそもワシに付いてパーティに参加したのは、カイトに会うためだと仰られていたし、カナーリス様で間違いないじゃろう)
三国の国王の中で唯一ラグナだけはカナーリスの存在を知っている。というか、ラグナにとっては大恩人と呼べる相手であり、立場上別世界の神を信仰するのも問題なので胸の内に秘めているが、信仰心すら持ち合わせている相手だ。
なにせラグナはカナーリスに成長上限を引き上げてもらってから、日々の訓練に確かな成長の手応えを感じるようになっており、まるで若かりし頃に戻ったようだと毎日が楽しくて仕方がないといえるほど幸福であり、心の底から感謝していた。
(またお会いできるのは正直喜ばしい。じゃが、そういうことになると……カイトの紅茶ブランドの代表は、全能の神ということに……本当に規格外じゃなアイツは……しかし、カナーリス様に用意する土地となれば、もう一度考え直すべきか……神殿に近い方が……いや、カナーリス様は神族ではない、となると逆に神殿からは離れていた方がいいのか? う~ん……とりあえず選定のし直しじゃな)
いまラグナが確保している土地もかなりいい場所ではあるのだが、大恩あるカナーリスに用意する土地ならば、もっとしっかり考えるべきとそう考え、ラグナは首都の地図を取り出して真剣な表情で考え始めた。
なお、側近の呼び声が聞こえるようになるのは、そこからまたしばらくの時間が経ってからだった。
シリアス先輩「そりゃそうだ。情報なんてあるわけないし……そうなると、ラグナ以外の面々には、唐突に大抜擢された正体不明の謎の存在ってことになるのか……」