カナーリス⑧
リリアさんへの説明は避けては通れないだろう。厳密なことを言えば、カナーリスさんはあくまで俺の家に住むだけでリリアさん、ひいてはアルベルト公爵家にはなんの関りもないともいえるが……隣人と言える関係になるわけだし、なにより説明しておかないと後でどれだけ怒られるか想像するのも恐ろしい。
とりあえずリリアさんの予定を確認してみると、手が空いていていますぐ会いに行っても大丈夫そうだったので、善は急げということでカナーリスさんと一緒にリリアさんの執務室に向かうことになった。
「失礼します。リリアさん、急にすみません」
「いえ、丁度仕事もひと段落して手が空いていたので……それで、どうしました?」
「実は、リリアさんに紹介したい人が……」
「……なんでしょういま、一瞬で夜の海のような暗い諦めと達観の混じった目に変わったんですが……この若さで、いったいどれだけの修羅場を潜り抜けてきたんですか、この女性……」
俺が一言発すると、リリアさんの目からスッとハイライトが消えた。言葉は一切発していないのに「またどこかからとんでもない相手を連れて来たのか」とそんな声が聞こえてくるようだった。
流れるような動作で胃薬を先飲みする姿からは、一瞬の貫禄すら感じられる。
「……で、カイトさん。そちらの方はどこの権力者の方ですか……生憎私は初めて見る方なのですが……あ、失礼しました。挨拶が先ですね。リリア・アルベルトと申します」
「初めまして、自分はカナーリスと申します……が、自分は別に権力者とかではないですよ。立場で言うなら、異世界からの旅人のようなものでしょうか? 今後快人様の家でお世話になることになりましたので、挨拶に来ました。たはぁ~一般的じゃない旅人で申し訳ない」
「異世界からの旅人? カイトさんたちやエデン様のような感じでしょうか、普通に考えればとんでもない事態ですが……まぁ、カイトさんなら異世界の住人のひとりやふたり連れてきても、おかしくはないですね」
「自分、割と非常識な立場の存在ですし、異世界から来たとか信じないって言われてもおかしくない予想だったんですが……これ、いままでも相当予想外の相手を快人様が連れて来たってパターンを経験してる感じですね」
確かに普通に考えれば、勇者召喚以外で異世界から来た人だと言っても信じてもらえないどころか、熱や病気を疑われてもおかしくないが……過去の行いが行いだけに、リリアさんは特に疑うこともなく遠い目をしていた。
「しかし、権力者ではないとはいっても、別世界に渡ってくるようなことができるわけですし、相当な力を持つお方では?」
「ああ、自分はいちおう元世界創造の神で、全能級……この世界で言えば、シャローヴァナルとかと同格になります」
「ッ!?!?」
「リ、リリアさん!?」
直後に鈍い音と共にリリアさんの頭が机に叩きつけられた。
「……わ、私の馬鹿……なんでちょっと油断してるんですか……カイトさんが連れて来たんですよ、普通の相手の訳が無いじゃないですか……うぅ……お腹痛い」
机に顔を伏せたまま少しの間小声でつぶやいていたリリアさんだったが、少しして気を取り直したのか顔を上げる。いや、原因である俺が悪いのは重々承知しているが、それでも数多の経験から来るリリアさんのこの立ち直りの早さは凄いと思い。
いや、本当に俺が原因なので、申し訳ない限りではあるが……。
「し、失礼しました。それで、カナーリス様はカイトさんの家でお世話になると仰られていましたが、しばらくこの世界に滞在するような形でしょうか?」
「はい。というかほぼ住み着く感じと言いますか、本決まりというわけではありませんが、快人様から仕事をいただける形になる予定です」
「仕事、ですか?」
「ええ……えっと、快人様詳細は現時点では伏せたほうがいいでしょうか?」
「ああ、いえ、大丈夫です。リリアさんには全部説明するつもりだったので……えっと、俺の方から説明しますと、カナーリスさんには前々から考えてたニフティの店舗展開の責任者になってもらおうかと思ってます。まぁ、アニマとかと相談してからですが……」
「……そうですか……シャローヴァナル様と同格の神を……店舗経営の責任者として雇うと……もうやだこの人……この世界のあらかたの権力者と知り合ったと思ったら、今度は別世界から凄いの連れて来始めた……自重を知らない? ちょっと、お腹痛いので横になっていいですかね?」
リリアさんはなんとも言えない、頭痛を堪えるかのような……どこか哀愁すら感じる表情で呟いた。
シリアス先輩「数多の苦労と胃痛の末に、この世界の主だった権力者とはほぼすべて知り合ったと言っていい状態になり、心のどこかで油断していたところにやってくる異世界からの胃痛……」