カナーリス④
それがいつ頃だったかと言われれば、ネピュラが家の一員になってしばらく経った当たりだったと思う。ベルのブラッシングを終えて世界樹の木陰でネピュラを膝に乗せて座って、のんびりとしていた時に唐突に告げられた。
「ああ、そういえば主様」
「うん?」
「大した話ではありませんが、妾は以前は神でした」
「……神? えっと、シロさんとかエデンさんみたいな神様ってこと?」
「ええ、世界創造をしたわけではないので世界創造の神ではなかったのですが、立場的にはそれに近いものでしたね。シャローヴァナルの物語の終わりによって終わりを迎え、のちに世界樹の精霊として復活しました……う~ん、この場合の認識は転生したというような認識で大丈夫だと思います」
「な、なるほど?」
あまりにも唐突な話でポカンとしてしまったが、ネピュラが冗談でそんなことを言う性格ではないというのは理解しているし、アイシスさんという前例もある。
あと、リリウッドさんですら信じられないといった様子だった世界樹の突然変異や、精霊が宿らないはずの世界樹に精霊が宿ったことなどを含め、シロさんが介入しているのなら……まぁ、なるほどといった感じだ。
「まぁ、本当に大した話ではありませんよ。昔は昔で、いまの妾が主様の世界樹の精霊であることや妾の在り方が変わるわけではありませんからね。どこに居ようと妾は絶対者であり、その在り方は不変です!」
「ふふ、そっか……まぁ、確かにその話を聞いたところでネピュラがネピュラであるのは変わらないし、大きな変化はないのかな?」
「はい!」
「でも、なんで急にそんな話を?」
ネピュラは本当に以前神だったことはどうでもいいような感じで話しており、それこそ転生という言い方に従うなら「前世はこうでした」的な話を雑談のようにしているだけという雰囲気だった。
まぁ、本当に過去がどうだったとしても現在のネピュラが変わるわけでもないし、俺にとっては前世がなんであれネピュラが可愛い家族なのには変わりないので、ネピュラの言う通り特に問題はないのだと思う。
ただなんでこのタイミングでその話をしたのかというのは気になった。
「ああいえ、別にいつ話してもよかったんです。絶対者たる妾にコソコソと隠す必要のあるものなど存在しません。ただ、妾が現れたばかりのタイミングに話すと、情報量が多すぎて困惑させてしまうかと思いまして、しばし時間を空けました。まぁ、あえて話す理由があったというわけでもありませんが、後々なんらかのきっかけで主様がそのことを知ると驚くと思いましたので、先に話しておいたほうがいいかと思いました」
「そっか、俺のことを気遣ってくれたんだね。ありがとう……ネピュラはその前世……前世って言っていいのかな? 神様だったころみたいになりたいとか、そんな風に思ったりはする?」
「いえ、まったく思いませんね。現在の力は以前に比べてかなり格落ちしているので、力を戻したいと思うことはあっても、以前のような立ち位置になろうとは思いません。生まれ変わったと割り切っているというのも理由のひとつですが、それ以上に妾はここでの……主様や皆さんとの生活が気に入っていますので」
「そっか、それならよかった」
楽しそうに笑顔を浮かべるネピュラを見て、その言葉がまぎれもなく本心からのものであると伝わってきて嬉しかった。
そっとネピュラの頭を撫でると、ネピュラは心地よさそうに目を細める。うん、やっぱり過去がどうであれネピュラはネピュラだし、本人が気にしていない様に俺も気にする必要はないだろう。
そんなことを考えつつ、のんびりネピュラとの雑談を楽しんだ。
「……ああ、もしかすると、以前の妾の知り合いがこの世界を訪れることがあるかもしれませんが、礼儀は心得ている者ばかりなので大丈夫だとは思います」
「それって、やっぱ神様とか?」
「そうですね。世界創造の神などが多いでしょうが、大挙して押し寄せたりということは無いと思いますし、気付いたら妾の方からも話をします。主様の元に訪れたなら、妾を呼んでくれれば大丈夫ですよ。対応などはお任せください」
「了解、じゃあ、その時は頼りにしてるからよろしくね」
「はい! お任せください! 妾は絶対者ですからね!」
しばし前にネピュラと行った会話を思い出しつつ、目の前にいるカナーリスさんに視線を向ける。
表情は変わらないままだが、明らかに困惑している様子のカナーリスさんは、少しの間沈黙した後で口を開いた。
「……えっと、快人様、そのお話はいったいどこで聞いたんでしょうか?」
「……いや、本人から聞きましたが」
「な、なるほど……」
「あ~えっと、なんならネピュラを呼びましょうか? 来てもらったほうが話がスムーズな気がしますし」
とりあえずネピュラの知り合いみたいだし、ネピュラを呼んだほうが話がスムーズにいきそうではある。ネピュラも自分の以前お知り合いが訪れたら呼んでくれればいいと言っていたので、そうさせてもらうことにしよう。
シリアス先輩「あ~なるほど、アイシスって似たような前例があるのと、本人がキッパリ割り切ってるから快人側としても受け入れやすかったのか……若干判定甘いあたりに親馬鹿感はあるけど……」
???「ちなみにこれ打ち明けられたタイミング的には、最初にネピュラさんが紅茶を作った後辺りですね。そのころはまだ細工砂糖とか短時間で庭を大改修したりしたことに驚いてたカイトさんが、その後辺りから『ネピュラは凄いからそのぐらいできるだろう』的な明らかにゆるい判定になってきたのは、元神ってことを知ってたからですね」
シリアス先輩「……親馬鹿が加速しただけだと思ってた」