イルネスの相談⑨
イルネスさんと一緒にワインを飲み、ふたりで過ごす時間を楽しんだ後、頃合いを見て一緒に部屋のベランダに出た。
このオーナー室には船のデッキと海を一望できる広いベランダがある。広さ的にはベランダというより小さな庭といった感じだが、とりあえず外に出れば夜風が心地よく頬を撫でる。
「星は多いですけど、やっぱり夜で暗いから海は見えませんね」
「……あぁ、そうですねぇ。普通は~この暗さだとぉ、海は見えませんねぇ」
「あっ、そっか、イルネスさんって凄く目がいいんでしたっけ?」
「はいぃ。私の目は星の光程度の明かりがあればぁ、夜でもかなり遠くまではっきりと見えますねぇ」
イルネスさんは非常に目がよく、その気になれば空気中の魔力を見ることもできるらしい。とはいえ普段は見えすぎて疲れるので、あえて目の焦点をズラしていたりと欠点もあるみたいだが……。
「せっかくですし~カイト様もぉ、見て見ますかぁ?」
「え? 見るって……どういうことですか?」
「私の視界を一時的に共有してぇ、カイト様にも私の目を通した景色を見せることができますぅ。ただ~カイト様にはぁ、シャローヴァナル様の祝福がありますのでぇ、この手の魔法を使用するには~カイト様自身の同意が必要ですぅ。まぁ~そもそも同意なく視界を共有したりすることは無いのでぇ、あまり影響はありませんねぇ」
「それは確かにそうですね。せっかくですし、やってもらっていいですか?」
「はいぃ。ですが~その前に椅子を用意しますのでぇ、そちらに座ってくださいぃ。私の視界を共有する形になるのでぇ、視点などが変わった影響で転倒などをする可能性もありますのでぇ」
なるほど、言われてみればイルネスさんの見ている景色を見る形になるということは、その視界基準で体を動かしたりしたら変なことになっても不思議ではない。安全のために座って動かないようにするのは大事だと思う。
イルネスさんが用意してくれた椅子に座ると目を閉じるように指示され、言われた通り目を閉じると瞼の上にイルネスさんの掌が触れた。
「それでは~共有させますねぇ。無理に大きく~体を動かしたりしないようにぃ、注意してくださいぃ」
「はい――おぉっ、座ってる自分の姿が見えるってのはなんか変な感覚ですね」
イルネスさんが魔法を発動させると、目を閉じていたはずの俺の視界には椅子に座った俺の自身の姿が映った。なんだろう? イメージとしては物凄いクオリティのVR映像を見ている感じというか、不思議な感覚である。
「それでは~視線を動かしますねぇ」
「おぉぉ……凄い。海もハッキリ見えますし、近くも遠くも凄く鮮明に見えますね」
「いまは~少しぃ、調整していますがぁ、意識して切り替えると~こんな風にも見えますよぉ」
「え? うわっ、明るっ……」
本当に夜でも遠くまではっきり見えるイルネスさんの目に驚いていると、直後にまるで昼間のように明るく海が見えるようになった。
「私の目は~その気になればぁ、星の光程度の明かりがあればぁ、昼間と変わらない様に明るく見ることもできますぅ。光のまったくない洞窟などでも~先程ぐらいには見えますねぇ」
「凄いですね。俺自身はこんなことはできないので、こういう体験は本当に新鮮というか……なんだか楽しいです」
「くひひ、カイト様に楽しんでいただけたのならぁ、私も嬉しいですよぉ」
いや本当によく見えるというか……クロたちみたいな実力者の視界はこんな感じなのか……そういえば六王祭とかでも、俺が全然気づかないような遠距離からリリアさんたちを見つけてたっけ……。
不思議な感覚というか、望遠鏡とかのように遠くだけ見えるのではなく遠くも近くも鮮明に見えるが……ちょっと情報量が多すぎる気もする。
「カイト様ぁ、あまり長く続けていると~カイト様がぁ、疲労してしまうのでぇ、そろそろ終わりにしようと思いますぅ」
「あっ、はい。確かに見えすぎて、普段の自分の視界と違いすぎるせいで長く続けてたら頭が疲れそうです」
「それではぁ~戻しま……少ししたらぁ、戻しますねぇ」
「うん?」
なぜいまわざわざ訂正をしたのだろうと首をかしげていると、見えている視界に再び椅子に座る俺の姿が見えた。そしてその顔がだんだんと近く……え? ちょっと待って、近すぎるのでは?
自分の顔が至近距離に接近してくる状況に戸惑っていると、直後にパッと視界が切り替わり、イルネスさんの手で軽く抑えられている目を開けようとしたタイミングで「ちゅっ」という音と共に、頬に柔らかな感触があった。
「……え?」
「それではぁ、体が冷えてもいけませんのでぇ、室内に戻りましょうかぁ?」
「え? えぇ!?」
軽く微笑みを浮かべて室内に戻っていくイルネスさんの背中を、俺はしばし唖然とした表情で見送った。
シリアス先輩「……はっ……がぁっ!? い、いきなり目覚めたと思ったらダメージが……」
マキナ「私が元に戻したんだよ! ホットケーキは堪能したから、次はカスタードクリームがいいなぁって……」
シリアス先輩「は? 一度私を復活させて再度カスタードクリームに? ……暴君かなにかか?」