イルネスの相談⑧
イルネスさんと一緒に過ごす時間は、不思議な心地よさがあった。肩を抱きワインを飲みながら、時折雑談をする。本当にそれだけであり、会話も多いわけではなく無言の時間も多い。
だが、居心地が悪かったり気まずくなったりということはまったくない。ゆっくりと時間が流れているかのような雰囲気で、表現は難しいがゆったりとした心地よさがある。
指に触れるイルネスさんの肩の温もりや肌の感触、もたれかかってきているイルネスさんの柔らかさや漂ってくる香り、時々行う会話での優しい声にワインの美味しさ……五感すべてでイルネスさんと過ごす時間を楽しんでいるかのような、そんな感じだ。
「なんというか、不思議な感じですね。穏やかでゆっくり時間が流れていくようですけど、凄く心地よいというか……」
「そうですねぇ。少し~まどろみの中に居るかのような感覚ですねぇ。ですが~私はぁ、この雰囲気がとても好きですぅ。なんて~表現すればいいのかぁ、少し~迷ってしまいますがぁ……カイト様とふたりきりの時間を~一緒に過ごしているという感覚が強くてぇ、ずっと~フワフワした気持ちですぅ」
「あ~その気持ちは凄くわかります。なんていうか、幸せな時間を共有してるって感じが凄く心地いいんですよね」
「はいぃ。これは~ちょっと~心地よすぎてぇ、癖になってしまわないか~心配ですぅ」
イルネスさんの言わんとすることは本当によくわかる。いまここが海上を行く魔導船の一室で、船の大きさのわりに乗っている人が少なく静かなことも相まってか、本当にふたりきりって感覚が強い。
夜のバーとかで恋人同士が静かに過ごしたりするとこういう感じなのかもしれないっていうアダルティな空気ではある。前にアニマとイリスさんのバーで飲んだ時とはまた違う雰囲気なのは、相手がイルネスさんという大人っぽい女性だからかもしれない。
そんなことを考えていると、イルネスさんは俺にもたれかかったままで軽く頬を擦り付けるような仕草をする。無意識なのかもしれないがその甘えてきているような様子が、普段の落ち着いた感じとのギャップで非常に可愛らしく感じた。
「……癖になってもいいんじゃないですか? 同じような雰囲気になるとは限りませんけど、俺はいつでも付き合いますし……なにより俺自身も、この雰囲気を心地よくて幸せだと感じていますからね」
「なるほど~くひひ、知りませんでしたぁ。好きな相手と~幸せを共有するのはぁ、ここまで温かく心地よいものなのですねぇ……カイト様ぁ、もし許されるなら~少しだけぇ、ワガママを言っても構いませんかぁ?」
「ええ、もちろん。なんでも言ってください」
完全に俺の予想ではあるが、イルネスさんのワガママはそれほどワガママじゃないというか、可愛らしい要望のような気がした。
若干ではあるが、イルネスさんは自分がなにかを要求するというのを恐縮するところがあるので、これまでの経験からも聞いてみればお安い御用と思えるようなものだと思う。
「……少しの間で構いませんのでぇ、抱きしめていただけると~嬉しいですぅ」
だが、この要望はちょっと可愛らしすぎるのではないだろうか? 肩を抱くだけではなくしっかりと抱きしめてほしいという要望を遠慮がちに告げてくるイルネスさんを見て、当たり前ではあるがNOなどという返答を行うわけがない。
「もちろん、喜んで……ワイングラスはいったん置きますね」
「はいぃ。よろしくお願いしますぅ」
「それじゃ、失礼して……」
「ぁっ……」
ワイングラスを置いてからこちらを向いて軽く手を広げるイルネスさんを、正面から抱きしめる。小柄なイルネスさんの体を包み込むように抱きしめれば、柔らかく暖かな感触がした。
華奢ではあるが、決して不健康そうというわけではない細い体、胸元に感じるイルネスさんの吐息、先程まで以上に強く漂ってくるいい匂い……うん。これすっごく気持ちがいいというか、幸福度が凄い。
イルネスさんは言葉を発さず静かなままだったが、俺の背中に手を回してぎゅっと抱きしめ返してきており、少しと言ったものの、しばらくは離れたくないという意思が伝わってくるようだった。
もちろん俺の方もしばらくこの幸せな時間を堪能したいと思うので、先程までより少しだけ抱きしめる力を強めた。
シリアス先輩「…………」
マキナ「うんうん、大人な雰囲気の恋愛だね。こういうのも素敵だよね……あっ、もうちょっとメープルシロップ欲しいな。アリス、シリアス先輩の手絞って」
???「……今度は絞ったら出てくるんすか……てことは先輩の中身はメープルシロップ? いや、面白生態ギャグキャラなので、時と場合によって変わってそうっすね……」