イルネスの相談⑦
快人にもたれかかりながら、上品な仕草でワインを飲むイルネスの姿は快人の目から見ればかなり余裕がありそうに見えた。
しかし、イルネス自身が申告したように彼女の心は見た目ほど落ち着いておらず、むしろかなり動揺しているといってよかった。
(これはぁ、思っていた以上に心が揺れますねぇ。関係性が恋人へと変化するだけでぇ、こうも意識が変わるものなのですねぇ)
現在のイルネスの心境としては、未知の感覚に動揺しているというのが一番近い。快人に相談をして、快人に対する思いを口にするのに特別な言葉は必要が無いと気づき、素直な好意を伝えたうえで快人からも好意を返されて恋人になった。
それだけの変化のはずだが、イルネスの心には今まで感じたことが無いような気持ちが湧き上がっていた。嬉しさや幸せ、戸惑いや緊張、気恥ずかしさなどがごちゃ混ぜになったかのような、フワフワと落ち着かない心境だった。
(……ワインに酔ったというわけではないはずですぅ。この程度の量で酔うことはありませんしぃ、意識して酔おうとしない限り酔うことはありません~。ですがぁ、この心が浮つく感じはぁ……なんともくすぐったいといいますかぁ、落ち着きませんがぁ……不快なわけではないんですよねぇ)
自分の感情を上手くコントロールできないことに戸惑いはあるが、それが嫌かと問われれば首を横に振る。イルネスが感じている気持ちの中で一番大きいのは間違いなく幸せであり、快人にもたれかかっているという状況に言いようのない安心感を覚えていた。
そしてほどなくして、快人の手が肩に回され肩を抱かれる形になると体温が上がったかのように感じた。
(恋人同士というのはぁ、こういうものなのでしょうかぁ? あまり興味を持っていなかったせいかぁ、知識不足ですねぇ。どうしても~カイト様にリードしてもらうような形になってしまいますぅ。カイト様はぁ、やはり慣れていらっしゃるのでしょうかぁ? 私を~驚かせないようにさりげなく手を回していましたしぃ、やはり~その辺りは経験の差が出ますねぇ)
快人の方も緊張していたりはするのだが、やはり恋愛経験の差かイルネスから見れば余裕があるように感じられた。実際肩を抱く瞬間こそ緊張していたりしたが、一度抱き寄せる形になった後は快人も落ち着いたのは普通にワインを飲みながら笑顔を浮かべていた。
「いまさらですけど、イルネスさんとは一緒にワインを飲む機会が多いですね」
「確かに~そうかもしれませんねぇ。特別ワインが好みというわけではなかったのですがぁ、カイト様と一緒に飲む機会は多いですねぇ。やはり~たびたび私が購入したワインを~一緒に飲んでいるのがぁ、大きいのかもしれませんねぇ」
以前にイルネスは快人に貰った給料でワインを買って快人と一緒に飲むという行為を行い、それ以降たびたび同じように快人の部屋を訪れて一緒にワインを飲むという機会はあった。
いままで幻王配下としての給料も、メイドとしての給料も必要最低限のみを使ってそれ以外はほぼ使うこともなかったイルネスだったが、快人からもらった給料で快人と一緒に飲むワインを買いに行くのは、秘かな楽しみになりつつあった。
「あのたまにしてる晩酌のワインって、イルネスさんが選んで買ってるんですよね?」
「はいぃ。できるだけ被らないようにとぉ、ワインの専門店に足を運んで~選んでいますねぇ」
「へぇ、俺ワインの専門店とか行ったことないんですけど……よかったら次に一緒に晩酌で飲むワインは、一緒に買いに行きませんか?」
「それは~とても楽しそうですねぇ。是非~お願いしますぅ」
快人の提案を聞き、イルネスは嬉しそうに笑みを浮かべる。快人と一緒にと考えるだけで、ただでさえいままでも楽しみだった時間が、もっと楽しみになった気がした。
それが好きな相手と一緒になにかをすることに対する喜びであるというのは、いまのイルネスにはちゃんと理解できており、幸せそうな表情で少しだけいままでよりも強く快人にもたれかかった。
シリアス先輩「…………」
マキナ「蜂蜜派の我が子たちには申し訳ないけど、私はホットケーキにはバターとメープルシロップ派だね。お店で食べるホットケーキとかももちろん美味しいんだけど、ホットケーキミックスとか買って自宅で作るホットケーキも美味しいよね!」