イルネスの相談②
ワイングラスを用意すると、イルネスさんがそこにネピュラが作ったワインを注いでくれる。豪華客船の広い一室で、美女と向かい合ってワインを飲む……かなり凄いシチュエーションである。
惜しむらくはそういうアダルティというか大人な雰囲気が、まだまだ俺にはハードルが高いというか優雅にできている気はしない。
う~ん、こういう雰囲気が似合う男になりたいものだ。
「ありがとうございます。じゃあ、せっかくですし乾杯しましょうか」
「はいぃ」
ワイングラスを軽く合わせて乾杯し、ゆっくりとワインを口に運ぶ。この世界に来るまではワインなんて碌に飲んだことが無かったが、こっちに着てからはたびたび飲んでいることもあって結構飲み慣れてきた感じはする。
いや、味とかの違いを語れるほどではないが……って美味しいな、このワイン。多分ロゼワインだと思うんだけど、薄い色合いのワインで少し甘味を感じる味にアッサリとした飲み口が心地よい。
「爽やかで美味しいですね。ロゼワインですよね?」
「はいぃ。おそらく~私がぁ、薔薇が好きなので~ロゼワインにしてくれたんでしょうねぇ」
「ああ、なるほど……」
そういえばロゼって言葉の由来は薔薇を示すローズからだったっけ? 薔薇好きのイルネスさんが飲むことを考えて、赤や白ではなくロゼワインにしたのだろう。
気遣いもさることながら味もいい。一緒にレストランに行った時にアリスから聞いたのだが、ロゼワインは赤ワインの渋みと白ワインの果実味のいいとこどりの味わいで、赤や白を合わせにくい料理にも合うワインらしい。
「……えっと、それで相談があるんでしたっけ?」
とはいえ、いつまでもワインを楽しんでいるわけにはいかない。そもそもの本題は、イルネスさんから相談に乗ってほしいと言われたことだし、しっかりと相談に乗らなければ……。
俺の言葉を聞いたイルネスさんは、ワイングラスを傾けて一口ワインを飲む。身長的にはとてもワインが飲めるような年齢に見えないはずなのに、仕草や雰囲気が大人っぽいので全然違和感を覚えない。
「……どこから~話しましょうかねぇ。初めからの方がぁ、いいかもしれませんねぇ……思えばぁ、私の世界は~ずっと単純なものでしたぁ。あまり~こうなりたいだとかぁ、なにがしたいとかぁ、そういったことを~考えることはありませんでしたぁ。なんとなく~こうあるべきだろうとぉ、何の根拠もなく~自分の基準だけで生きてきましたぁ」
「……」
ワインの入ったグラスを見つめながら淡々と話すイルネスさんだが、やはり珍しくどこか戸惑いというか悩みのような感情が伝わってきていた。
イルネスさんは自分自身の気持ちがよくわからない的な事を言っていたので、悩みというのはおそらくそれに関するものだろう。
話始めだけ聞いた感じだと、いままでは自分の中にある基準で行動していてそれが揺らぐことが無く迷わなかったが、現在はそれが揺らいでいるという感じだろうか……まぁ、とりあえず最後まで聞いてみないと分からない。
「そういう意味ではぁ、長く生きてきたつもりでも~精神的には未発達だったのかもしれませんねぇ。それまでに知らなかった気持ちに翻弄されてぇ、いまもこうして迷っていますぅ」
「……ふむ。まだ全体的な話はよく分からない状態ですけど、なにかしらいままでにはなかった大きな転機みたいなのがあって、それがきっかけで悩んでるって感じですかね?」
「そうですねぇ。きっかけは~カイト様がぁ、この世界に来てすぐのことでしたぁ」
「……え? 俺ですか?」
「はいぃ。私が~カイト様を~初めて目にしたのはぁ、お嬢様によって~使用人が集められた時のことでしたぁ」
イルネスさんが言っているのは、この世界に召喚されたばかりのころリリアさんが屋敷の使用人を集めて、俺が大切な客人であり不当な扱いは許さないと言ってくれた時のことだろう。
けど、あれ? なんでいまその話が出てくるんだ?
「その時のカイト様はぁ、当然と言えば~当然ですがぁ、不安そうな顔をしていましたぁ」
「そうですね。いきなり異世界に召喚されたばっかりで、いろいろ不安だった時期だと思います」
「その顔を見て~貴方にはぁ、笑顔でいてほしいと~幸せでいてほしいと~そう思いましたぁ。その時には~すぐには分かりませんでしたがぁ……一目惚れだったのでしょうねぇ」
「……………………はえ?」
どこか懐かしむような表情で告げられた予想外の言葉に、俺は思考が追い付かずにポカンと間抜けな顔で呟いた。
シリアス先輩「な、なにぃぃ!? そ、速攻で仕掛けてきやがった!?」