幸福な出来事なのだと思った
土の月14日目。ジークさんと一緒にリグフォレシアに三泊四日で出かける事になった。
転移魔法が使えればリグフォレシアまで一瞬なのだが、残念ながら俺が転移魔法の魔法具を手に入れたのは宝樹祭の後なので場所を登録して無い。
なので帰りはともかく行きは転移を使えないので、飛竜便を利用する事になった
俺はクロから貰ったのでアレだが、実際転移魔法の魔法具はとんでもなく高い上に、難しい術式に高純度の魔水晶が必要でとても希少であり、リリアさんも個人では所有していない。
それでもリリアさんは、王宮に頼んで転移魔法を手配しようかといってくれたみたいだが、ジークさんがあくまで個人的な里帰りなので自分のお金で帰ると断った。
「……ベルとリンも連れてこれれば良かったんですけどね」
「リンちゃんはともかく、ベルちゃんは流石に飛竜便には乗れませんからね……片方だけ連れていくと喧嘩になっちゃうでしょうし、仕方ないですよ」
ベルとリンはリリアさんの屋敷で留守番で、その間の世話は使用人の方々に頼んでいる。
最初は険悪とまではいかないまでも、あまり交流の無かった使用人の方々とも、それなりに時間が経った事で親睦も深まり、最近ではよく会話をしているし、今回の事も快く引き受けてくれた。本当にありがたい。
そうして時折雑談を交えながら、ジークさんと共に前に行った飛竜便の竜舎を目指して道を進む。
「……えっと、これは……」
「まさか、ここまでとは……」
飛竜便の竜舎と併設している広い牧場に辿り着いた俺とジークさんは、茫然と目の前に広がる光景を見つめていた。
以前はなんというか、本当に広い牧場って感じのイメージだった場所の筈だが……様子ががらりと変わっていた。
以前の数倍はあろうかという巨大な竜舎、あちこちに数十メートルはありそうなドラゴンが居て、さらには人の数も物凄い事になっていた。
そういえば、俺はリンを受け取ってすっかり終わった気になっていたけど、この飛竜便はマグナウェルさんと契約を結んで、配下を派遣してもらってるんだった……うん、なんて言うか、どれもこれもデカイ。
「……アレは、高位古代竜ですね……初めて見ました」
「えっと、もう響きから凄そうなんですが……」
「……爵位級ぐらいの力は持っている筈です」
「……な、なるほど……」
どうも本来人界には居る筈の無い、最高位の竜種が何体も居るらしい。
だからこんなに人が多いのか……確かに、どれもこれも、物凄く速そうだし強そう……
「でも、これだとかなり待たないといけないですよね?」
「ですね……まぁ、最高位の竜種に乗れるとあっては、人気も凄いでしょうし……むしろ今日乗れるのやら……」
竜舎には、まるで遊園地の大人気アトラクションみたいな行列が出来ていて、とてもじゃないがすぐには乗れそうに無かった。
しかしまぁこの状況であれば仕方無いとも言え、諦めてジークさんと共に列に並ぼうとした時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ミヤマさんじゃないですか、いらしゃい!」
「あっ、こんにちは、メアリさん」
列に並ぼうとした俺に声をかけてきたのは、以前交渉した御者さん兼この飛竜便の社長でもある女性の姿がった。
リンを受け取る際にメアリという名前を教えてもらい、現在はその名前で呼んでいる。
「なんだか、凄い事になってますね」
「ええ、本当に、これもミヤマさんと竜王様のお陰です。連日予約が殺到で……たった数日で、今までの月間収入を軽く超える収入です」
「それは、なんというか、凄まじいですね……」
「ええ、嬉しい悲鳴というやつです……それで、ミヤマさん、今日はどうされたんですか? もしかして当便をご利用に?」
「あ、はい……でも、難しそうですかね?」
生き生きとした笑顔で話しかけてきたメアリさんと軽く雑談を交わし、今回訪れた目的を話す。
するとメアリさんは納得した様子で一度頷いた後、移動を促すように片手を動かす。
「では、こちらへどうぞ……すぐに準備致します」
「え? で、でも、俺予約とかはとって無いんですが……」
「予約なんて必要ありません、ミヤマさんは当便において、一番大切なお客様です。すぐに最上級の便を手配いたします」
なんとメアリさんは、予約をしていない俺を優先して便に乗せてくれるらしい……マグナウェルさんのお陰とはいえ、なんだか申し訳ない気もするが……ジークさんだって早く両親に会いたいだろうし、ここは折角の厚意に甘えさせてもらう事にしよう。
そう考えてジークさんの方を振り向くと、ジークさんは目で俺の判断に任せると告げてくる。
「……それじゃあ、お願いしてもよろしいですか?」
「ええ、お任せを、ではこちらに」
「はい」
そう告げて案内してくれるメアリさんに続き、俺とジークさんは長蛇の列から離れて竜舎の方へ向かう。
すると竜舎付近にいたドラゴンの中でも、一際大きな漆黒のドラゴンがゆっくりと俺達の前に移動してきて、俺に向かって頭を下げる。
「ご無沙汰しております。ミヤマ殿」
「……えっと、確か、マグナウェルさんと会った時に居た……」
「はい、マグナウェル様が配下……ファフニルと申します。こうしてまたご尊顔を拝見出来た事、光栄に思います」
「……ええっと……」
非常に丁寧な口調で話しかけてくる、全長100メートルを優に超えるであろう巨竜……ファフニルさん。
その丁重すぎる対応に俺が戸惑っていると、ファフニルさんはそれを察した様子で巨大な口を開く。
「マグナウェル様より、ミヤマ殿に対しては最上の礼を持って接するようにと、竜種一同厳命を受けております」
「……そ、そうなんですか?」
「ええ、なんでもとても大きな借りが出来たとの事で……ミヤマ殿の言葉は、マグナウェル様の言葉に等しいと思って聞くようにと仰せつかっております。必要とあれば、なんなりと申しつけ下さい」
「……えと、は、はい」
借り? マグナウェルさんが俺に? ……あっ、もしかしてクロの事だろうか?
む、むぅ、なんというか、ありがたいような……落ち着かないような……複雑な気持ちだ。
なんとなく返答に困っていると、トントン拍子に準備は進み、ファフニルさんが俺達を乗せてリグフォレシアまで行ってくれる事になった。
以前乗った飛竜便の数倍はあろうかという豪華な内装の客車に乗り、ジークさん共々落ち着かない気持ちを感じながら、広い車内で隣同士で座る。
ファフニルさんは他の竜種に比べても圧倒的に速いらしく、それこそ客車を揺らさないように調整して飛んでも、30分もかからずリグフォレシアに着くらしい。
「……な、なんていうか、改めてカイトさんの凄さを思い知りました」
「い、いや、俺もまさかこんな事になるなんて……」
「……落ち着きませんね」
「……ええ、本当に」
完全にVIP待遇と言って良い状況に、俺もジークさんも慣れておらず妙に緊張してしまっていた。
しかしこのまま緊張しっぱなしで30分というのも辛いので、何とか会話でもしようと、ジークさんと数度視線を交わす。
ジークさんも俺と同じ事を考えていたのか、少し慌てた様子ながらマジックボックスを取り出す。
「カイトさん、良かったら、お茶でも……」
「あ、ありがとうございます」
「どうぞ」
「いただきます」
ジークさんが差し出してくれたお茶を受け取り口に運ぶと、自分で思っていた以上に喉が渇いていたのか一気に飲み干してしまった。
「……やっぱり、ジークさんの淹れてくれるお茶は美味しいですね」
「そうですか? そう言っていただけると、私も嬉しいです」
「何かコツがあったりするんですか?」
「……う~ん、そうですねぇ……」
お茶を飲んで一息ついた事で、少し余裕も出てきて自然と会話が繋がり始めた。
俺の告げた質問を聞き、ジークさんは可愛らしく指を口元に当てた後……チラリとこちらを見てウィンクをした。
「……飲ませたい相手を、思い浮かべて淹れる事、ですかね」
「……え? あ、えっと……」
あれ? なんだろう? 言葉に詰まってしまったというか……不意なジークさんの仕草に、思わずドキッとしてしまい、何故か美味く言葉が出てこなかった。
やっぱり、ジークさんは凄く美人だと思うし、クールそうな見た目とは裏腹に凄く優しくて明るい方で、なんというか、凄く魅力的な女性だと思う。
拝啓、母さん、父さん――リグフォレシアに向かう途中、思わぬVIP待遇に戸惑ったけど、それも全部今の一瞬で吹き飛んでしまった。ジークさんみたいな魅力的な女性と、偶然とはいえ二人で旅行できるというのは、俺が実感している以上に――幸福な出来事なのだと思った。
快人がちょっぴり、意識しました……ある意味進展?
シリアス先輩「ねぇ……何で最後までのんびりした感じで行かないの? なんで、最後に思い出したようにいちゃつくの? わざと、わざとなの?」