パーティが終わって③
快人が主催した船上パーティから自国に返ってきたラグナは、同行していた者たちを見送った後で王宮からやや離れた場所にある自分の家に帰る。
王宮にもラグナの……もとい国王の部屋はあるのだが、国王を止める気満々で作った家の方が彼女としては気が休まる。
海辺にある国王にして小さめの家に戻ったラグナは家の中に入ろうとしたが、途中で足を止めて真剣な表情を浮かべた。
「……いや、眠る前に少し鍛錬をしておくか……」
そう呟いて海辺に向かおうとしたラグナだったが、直後に景色が切り替わった。
「なっ!? こ、これは一体……海上? いや、巨大な川……か?」
気が付けばラグナは水の上に立っていた。彼女が魔力で足場を作ったりしているわけではなく、何もせずとも水の上に浮いているような状態であり、足の下には水が流れている。
最初は海の上かと思ったのだが、直感的にそこが巨大な川の上であるということを悟ると共に、聞き覚えの無い声がした。
「おっと、これは驚かせてしまいましたね。いやはや、少し込み入った事情もあってお話しするために特殊な空間を作らせてもらったんですが、そりゃ驚きますよね。たはぁ~事前連絡が無くて申し訳ない!」
「……あ、貴女は……一体……」
声が聞こえたほうに振り返ると、そこには能面のように動かない顔が印象的な青味がかった白髪の女性が居て、申し訳なさそうな声で話しかけてきた。
だが歴戦の強者でもあるラグナには即座に理解できた。目の前の存在が、己など足元にも及ばないほどの凄まじい存在……それこそ神のような存在であるということが……。
「戸惑うのも無理はないですね。自分は……え~っと、こっちの名前で名乗りますか……ジェーン・ドゥとお呼びください。まぁ、しがない通りすがりの神とか、そんな感じの認識で大丈夫です」
「あ、は、はい。私は、ラグナ・ディア・ハイドラと申します。それで、そのジェーン様は……私になんの御用でしょうか?」
「ああ、御用というか謝罪と言いますか……昨今倍速で動画を再生する人もそこそこいると聞きますし、説明は簡潔にがよさげだったりするわけなので、ここはサクッと分かりやすいように情報を頭に伝達しますね。ちょっと驚くかもしれませんが、危険はないので大丈夫ですよ~では、ほいっ」
「ッ!?」
瞬間、ラグナの頭の中に情報が流れ込んできて、目の前のジェーンと名乗った神がなぜこうして現れたのかも察することができた。
「……な、なるほど、つまり、ジェーン様はカイトのパーティに行くためにワシ……ああいえ、私の後に付いてきて、カイトにもハイドラ国王に同行してきたと伝えたと……」
「そういうことです。勝手に利用させてもらうようになってしまったので、謝罪となにかお礼でもできたらと思ってこうして話にきた感じですね。ああ、それと一人称とかは普段通りワシで大丈夫ですよ。自分、この世界の神でもないですし、そもそもふらふら世界を渡り歩くはぐれ神みたいなもんなので、そんな畏まる必要はないです」
「お、お気遣いに感謝します……しかし、お礼、ですか?」
「ええ、この世界はあくまでシャローヴァナルのものなので、自分が好き勝手にアレコレするには制限があるので、なんでもとまではいきませんが、大抵のことなら叶えて上げられるかと……たはぁ~なにせ、自分、いちおう全能神ですからね」
相変わらず表情は一切変わらないままで声だけ明るく伝えてくるジェーンに対して、ラグナはなんとも戸惑ったような表情を浮かべていた。
なにせ、本人は大したことが無いように言っているが、相手は世界創造主クラスの神でありシャローヴァナルやエデンに匹敵する存在……ますぞの時点で恐れ多いのに、そんな相手になにかお礼をすると言われても、なにも思いつかない。
「すぐには思いつきませんか? では、もしよければ記憶を覗かせていただいてもいいですかね? そうすればこちらでお礼は考えられますし……」
「え? あ、はい。それはもちろん構いませんが……い、いや、えっと、申し訳ない。そんな確認をされるとは思っていなかったので、少し戸惑っております。こちらの意志など関係なく記憶を覗いたりするのかと……」
「うん? いや、まぁ、貴女に気付かれないように記憶を覗いたりはできますが、でもそういうのされるのって嫌でしょ? ま、まぁ、最初に付いて行く時点で快人様関連だけとはいえ、記憶を覗いてしまってましたのでいまさらと思われるのも当然ですかね。たはぁ~いや、本当に申し訳ない」
「あ、頭を上げてください!? ワシの方が遥かに格下の存在なわけですし、ジェーン様の行動に異を唱える権利などありません!」
「いやいや、そんなことは無いですよ? 格上だからと言って格下に礼を欠いていいというわけではありません。自分の尊敬する方の教えではありますが、格上の者の方が格下の者より余裕を持てるのは必然であり、だからこそ配慮というのは格上が行うべきことであるって感じです。たはぁ~受け売りで申し訳ない!」
「………………あっ、えっと……こ、こんなにも常識的な思考の世界創造神様と話したのは初めてで、戸惑いが……」
当たり前のように格下である己に頭を下げ、こちらの心情を考えて配慮してくれるジェーンに対して、ラグナはなんとも言えない表情で呟いた。
なにせラグナが知る世界創造の神とは、シャローヴァナルとエデンであり、どちらもラグナ程度に配慮するような存在ではない。
(な、なんてマトモな神……ああいや、いかん、そんなことを考えてはシャローヴァナル様やエデン様への不敬にあたる。と、とりあえず落ち着かねば……)
思考がぐるぐると回って落ち着かないラグナに対して、ジェーンは特に急かしたりすることもなく静かにラグナが落ち着くのを待っていた。
シリアス先輩「利用したことをわざわざ詫びに来る。騒ぎになったりしないように会うための空間を生成。記憶を勝手に覗いたことに頭を下げて謝罪。再度記憶を見るにあたって相手の許可を得てから行おうとする。格下にもしっかり配慮……絶対者の指導の賜物か、シロやマキナと違いすぎて、そりゃ戸惑うのも無理はない」