船上パーティ㉜
10分か15分か、それほど長い時間ではなかったが丁寧にコリをほぐしてくれたフィーア先生のマッサージの効果は大きく、終わって起き上がってみると明らかに肩などが軽い感じがした。
「おぉ、凄い。肩が軽くて凄く元気になった気分です」
「いまはマッサージで血行が良くなってるから、普段より良く動くように感じてるのかもしれないね。まぁ、だからって無理はしちゃ駄目だよ」
「はい」
「うんうん、いい返事だね。じゃあ、これで『体の』ケアは終わり!」
「ありがとうございます……うん? 体の?」
なんだろう、いまのフィーア先生の言い方には違和感があった。わざわざ体のと強調気味に言っていたのだが、それだとまるで別のケアがあるように聞こえる。
そしてそんな俺の考えを肯定するように、フィーア先生は俺の前でゆっくりと手を広げる。
「うん、次は心のケア……精神のリラックスだね。こっちに関しては、前にも説明したから改めて詳しく説明する必要はないよね?」
「あ~えっと、それはそのつまり……アレですよね?」
「うん、ハグだね。もちろん、ミヤマくんの意思が最優先だし、気分が乗らないなら普通に雑談でも大丈夫だけどね」
その言い方はとてもズルいと思う。というか別にいやとかそういうわけではないというか、むしろこの提案はあまりにも魅力的だ。ハッキリ言って、前にハグしてもらった時は癖になりそうなぐらい心地よかったし、いまもそういう提案をされると、あの時の感覚を思い出して心が期待してしまっている。
単純に気恥ずかしいということさえ無視してしまえば、これ以上ないほどに魅力的だし、実際凄くリラックスできる……い、いや、でもまぁ、フィーア先生とふたりっきりなわけだし、前にも一度やってるし……。
「……じゃ、じゃあ、少しお言葉に甘えてもいいですかね?」
「うん! もちろんだよ。えっと、移動の時間を考えても……あと15分ぐらいは大丈夫だし、その間は私に思いっきり甘えてくれていいからね。あっ、もちろん延長も大丈夫だよ。結界魔法で時間をちょっとズラすから、5分前ぐらいまでに言ってくれれば結構延長できると思うよ。まぁ、その辺はフィーリングというか、その時の気分で大丈夫だよ……じゃ、というわけで、おいで、ミヤマくん」
こういう時のフィーア先生の包容力というか母性は凄まじく、優しく名前を呼ばれると引き寄せられるように近づいてしまう。
そして、フィーア先生はふわっと優しく俺の頭を抱えて抱きしめて、ゆっくり頭を撫でてくれる。やっぱり凄まじく心地がよいというか、本当に癖になりそう……いや、もしかしたらもう若干癖になってるかもしれない。
言葉はなく、心地よい香りと柔らかく暖かなぬくもりがあって、思考が徐々に溶けていくような感覚だ。頭の奥が少し痺れるような、くすぐったくも決して不快でななく……安心感というか、心がリラックスしていくのが分かる。
……気恥ずかしさはある、あるが……それ以上に心地よく幸せだし、これはちょっと15分で終わるのは惜しすぎるかもしれない。いや、というか確実に延長してしまいそうである。
そんな俺の気持ちを察したのか、フィーア先生が俺の頭を撫でていた手を少しだけ止め、軽く指を振るようにして魔法陣を出現させたのが、チラリと横目に見えた。
時を同じくして船上パーティの会場。演奏が行われているステージから離れた壁際で、異世界の神であるマキナはなんとも言えない悔しそうな表情を浮かべていた。
「で、出遅れたぁ……」
「……は?」
「愛しい我が子の肉体のケアだけじゃなくて愛情全開の抱擁で心のケアまで……そ、それは母である私がやるべきやつなんじゃ……くっ、ノーマークだったけど、フィーアか……なかなかの母性力を持ってるね。その名前覚え――」
「覗き見してんじゃねぇっすよ」
「――痛ぁ!?」
迫真の表情で告げていたマキナの頭に拳骨を落とし、アリスは呆れた様子で溜息を吐いた。アリスも当然快人とフィーアが会場を抜け出していることは把握しているが、恋人同士の時間を邪魔しないように護衛の分体も休憩室からある程度離れた場所で待機させていた。
「うぅ、いや、これ以上は覗く気はないよ……それにしても惜しかったなぁ。私が行っておけば、今頃あんな風に愛しい我が子の心のケアを……」
「なんで、自分がフィーアさんと同じ枠で行けると思ってるんすかね? 貴女はカイトさんの精神をリラックスさせる側じゃなくて、負荷を与える側ですからね」
「大丈夫、私は母だから。母の愛に包まれれば愛しい我が子もいっぱいリラックスできるよ! 間違いない!!」
「しゃらくせぇ」
「――いだだだ!? ちょっ、アリス! さっきからボコスカ殴りすぎだよ。アリスが耐久力落とさないと絶対参加させないって言ったから、この端末の耐久力落としてて普通に痛いんだからね!?」
そう、今回のパーティに参加するにあたり、アリスはマキナにいろいろな条件を出しており、その中に現在動かしている端末の耐久力の減少と、痛みを遮断せずに伝えるというものが存在する。もちろん、マキナが暴走した時に殴って止めるための処置である。
「そりゃそうでしょ、普段の多重次元が消し飛ぶようなレベルの火力で攻撃してもかすり傷も付かないようなバカみたいな耐久だったら、ダメージ与える前に世界がやばいでしょうが……」
「ふふん、まっ、私すっごく強いから――痛ぁっ!?」
ドヤ顔が気に障ったのか、マキナの頭に三度目の拳骨が落とされ、マキナは頭を抱えてしばし悶絶していた。
シリアス先輩「ぐ、ぐぁぁ、く、くそうかなりの破壊力……そして、ちゃんと仕事してるマキナ係……」