閑話・●●●●●前編
それはもはや遥かに遠い昔、快人に身元不明遺体と名乗った女性が、いまは捨てた本当の名を名乗っていたころ。
数字で表すならばどれほどの年月になるだろうか? 少なくとも億は越え、兆も越えているだろうあまりにも遠い日の記憶……しかして、いまもなおほんの少しも色褪せることなく残り続ける記憶。
――駄目です! 自分の、自分なんかのために……貴女が、ネピュラ様が終わりを迎えていいはずがない!! どうか、自分を元の世界に戻してください!!
終末の破壊神……終わりという現象そのものである怪物数多の神々が、いくつもの世界が、なす術もなく消えていった何者にも抗えない絶望。
それが彼女の創造した世界に現れた時、彼女は自身の終焉を覚悟した。そして最も敬愛する存在……数多の世界の創造主たちの頂点に立つ名実ともに究極の神へ別れの挨拶に赴いた。
だが、しかし、究極の神は……ネピュラは、それを是とはしなかった。ネピュラはそのすべてを内包する力を持って、●●●●●の作り出した世界の創造主を己に切り替え、その世界の生物などをすべて他の配下の世界へと移し『元々その世界で生まれ育った』という形に歴史を改変し、己が終末の破壊神……シャローヴァナルと戦うと宣言した。
ネピュラは究極神と呼ばれる名実ともに世界創造の神々の頂点に立つ最強の存在だ。●●●●●もまた、ネピュラを最強の存在であると心から信じている。
ああ、ではなぜ彼女は……●●●●●は、涙を流しながら縋るように叫んでいるのだろうか? 自信に満ち溢れた笑みを浮かべる心から敬愛する存在の勝利を信じて待てばいいのに……。
……否……分かっている。本当は……。
なぜ、ネピュラは世界の創造主を己に挿げ替えた? シャローヴァナルを打ち倒すだけなら、わざわざそんなことをする必要はない。
なぜ、ネピュラはその世界の生物を別の世界に歴史まで改変して移した? 戦いの邪魔だというなら、そんな手間をかけずともいくらでも方法があったはずなのに……。
……そう、分かっているのだ。いや、確信している。●●●●●が心の底から敬愛し、全幅の信頼を置く主は……己がシャローヴァナルに……物語の終わりに抗えないことを確信している。そしてそれがすべて分かった上で、●●●●●の代わりにたったひとりで終末へと立ち向かおうとしていると……。
だからこそ●●●●●は必死に訴えていた。己こそが消えるべきなのだと、己とネピュラでは価値がまるで違うと……だが、そんな訴えをネピュラは苦笑と共に一周した。
――愚か者が、妾は絶対者。庇護下にあるお前たちが妾より先をゆくことなど永劫にありえん。それが例え、終焉であってもな……仮にたとえ数秒であったとしても、お前たちが終わりを迎えるのは、妾が終わりを迎えてたあと以外にはありえんと理解しておけ。
と、そんな風にいつものネピュラらしい言葉を告げた後で、●●●●●の頭を優しく撫でながら微笑んだ。
――だが、ひとつ聞き逃せぬ発言があったのでそこだけは訂正させておこう。
――聞き逃せない、発言……ですか?
――お前らは妾の配下、妾のしもべ、妾という絶対者を構成する一部だ。そこに『○○なんか』など低い価値の者など存在しない。すべからく妾の誇りである。だからこそ、その誇りを貶めるような発言は……その誇りの一部であったとしても控えるように。
しもべであり庇護下の存在でしかない己を当たり前のように誇りであると、己の一部であると語るネピュラに●●●●●は止まることなく涙をこぼし続けながら頷く。
そんな●●●●●に対し、ネピュラは首にかけていた淡く光り輝くネックレスを外して手渡した。
――これを預けておく。
――これは、ネピュラ様がいつも身に着けている……。
――別に大層なものではないぞ? それは妾が自我を持って一番最初に作った品でな。なんとなく身に着けていたというだけ、妾の力の欠片が混ざったのかいつもぼんやりと光ってはいるが、それ以外に効果なぞない。ただ、やはり長年身に着けていて愛着があるのでな、壊れると困るからお前に預けておくことにする。それを持って妾の帰りを持っておれ。
――……はいっ、確かに……お預かりします。
――ああ、頼んだぞ。ではな……。
『壊れたら困る大切なものを預ける』という行為によって、●●●●●はネピュラに付いて行くことはできなくなった。心から敬愛する存在の、最後かもしれない命令……待てと言われたのだから、待つ他ない。
姿を消したネピュラを見送った後、●●●●●はネックレスを両手で包み込むように持ち、必死に祈り続けた。どうか、奇跡が起こってくれと……ああ……だが……すくなくともその時に、その願いが届くことは無かった。
どれだけの時間がたっただろうか? しばらくの後に、ネピュラから預かっていたネックスレスが放っていた淡い光が……静かに消えた。
「……ぁっ……あぁぁ……ぅぁぁぁぁ……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?!?」
ネピュラの力の欠片が宿るネックレスの光が消えたことの意味……そう、●●●●●が心から敬愛し、絶対の忠誠を誓っていた偉大なる究極神は、いま終わりを迎えた。●●●●●の身代わりとなるような形で……。
???「こ、これは唐突なシリアス!? ……あれ? 先輩は?」
マキナ「なんか、『しばらく挨拶回りでほのぼの展開だろぅから一眠りしてくる』って言ってたよ」
???「……そっすか……」