船上パーティ㉖
まさか少ない情報で当てる人がいるとは……感想見てびっくりしました。
ジェーンさんは表情筋がまったく仕事していないのはともかくとして、性格は明るくて楽しい感じの人でなんだかんだで自然と会話は盛り上がり、初対面同士とは思えないほど心地よい雰囲気になっていた。
「いや~快人様は話も上手ですね。自分、ついつい盛り上がってしまいますよ。顔も性格もよくてお金持ちで交友関係も広い……はは~ん、さては快人様ってば、コミュ力強者のハイスペ男子ってやつですね!」
「それはちょっと大げさな気も……というか、俺よりもジェーンさんの話が軽快で楽しいのが要因だと思いますよ。そういう意味ではジェーンさんの方がコミュ力強者って気がしますね……まぁ、本当に顔は全然ピクリとも動かないですけど……」
「たはぁ~申し訳ない! これが仕様というやつでして、いっそ語っちゃいますか? あのジェーン・ドゥにも悲しき過去がってやつ……と思いましたけど、長くなっちゃいますのでまた今度ですね。いやはや、こうして表情はMAX死んでますけど、心はとってもラブアンドピースってやつなので、つまらない女とは思わないでくださいね? ぜひ、おもしれぇ女路線でお願いします!」
いや実際、とんでもなく面白い女性だとは思う。無表情なのに感情豊かという時点でもう、慣れてくるとすでに面白い。
本当になんでその表情のまま口もほぼ動かさずにそんな声が出せるのかと不思議ではあるが、まぁそういう部分も含めてジェーンさんは大変面白い方であり、叶うならもう少しゆっくり話がしたいところだ。
とはいえ、挨拶回りもあるのでいつまでジェーンさんと話しているわけにもいかないので、ある程度のところで切り上げないといけない。
「いや、ジェーンさんは本当に面白いというか、話していて楽しいのでもっと話していたいとは思いますね」
「おおっと、これは好感触ってやつですね。たはぁ~来ちゃいましたか、玉の輿ルート! もちろん自分は、バッチ歓迎ですけどね!」
「あはは、まぁ、玉の輿ルートは置いておくとして、もっと話していたいのは本当ですが……挨拶回りをしなくちゃいけないので……」
「ああ、そうですね。いや~話し込んでしまって申し訳ない。快人様も忙しいでしょうし、気にせず次の場所に向かってくださって大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、そろそろ失礼させてもらいますね。是非また機会があればゆっくり話しましょう」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
気持ちよくこちらを送り出してくれるジェーンさんにお礼を言った後、一度会釈をしてから次の場所に向かうために歩き出した。
すると少し歩いたところで、ジェーンさんの声が聞こえてきた。
「あ、そうそう、快人様!」
「はい?」
聞こえた声に振り替えると、ジェーンさんは俺に両手の人差し指を向けながら口を開く。
「……君に幸あれ」
その声は不思議となにか力が籠っているように温かく響き、ほんの一瞬……もしかしたら俺の見間違えだったかもしれないが、ジェーンさんの目に僅かに光が灯ったように見えた気がした。
「な~んちゃって、たはぁ~出ちゃいましたか、神秘的でミステリアスな私が……ではでは、また会いましょうね~」
そういって無表情のままでひらひらと手を振るジェーンさんにもう一度会釈をした後で、俺は視線を正面に戻して歩き出した。
去って行く快人の背を、ピクリとも動かない表情と空虚な目で見つめながら、ジェーン・ドゥと名乗った女性は小さく呟いた。
「……ありがとう……小さく若い英雄さん」
誰にも聞こえない声でそうつぶやいた後、ジェーンは踵を返して会場の入り口に向けて歩き出した。その道中に六王幹部が数名いたが、誰もジェーンの存在に気付くことは無く、彼女は会場の入り口の扉を開けて外に出た。
そのままその場から去ろうとしたジェーンの背に、どこか鋭さを感じさせる声が聞こえてきた。
「……カイトさんに対して害意は感じなかったので、話の邪魔をすることはありませんでしたが……気になりますね。その異様な気配遮断の術は、私でも注意してないと見失ってしまいそうですよ」
「……たはぁ~怖い護衛が来ちゃいましたかぁ。自分小心者なんで、取り調べとかは勘弁してほしいんですけどね」
「取り調べなんて大げさな、簡単な質問をするだけですよ。素直に答えていただけたら、そのままお帰りいただいて大丈夫です……それで、『最低でも全能級の力を持つであろう』貴女は、何者ですか?」
油断なく鋭い目で尋ねてくるアリスの言葉を聞き、ジェーンは相変わらず表情を変えないまま光を映していない瞳をアリスに向ける。
「……何者でもないですよ。貴女の目の前にいるのは何者でもないなれの果て、かつて神だった何者かの残滓、数多の世界を渡る亡霊のようなものです。たはぁ~ミステリアスで申し訳ない!」
「さすがに情報が少なすぎて、それだけでは貴女が何者か推測は難しいですね……なら、肝心なことを尋ねてましょう。カイトさんに対する敵意などは?」
「あるわけないですよ。感謝や恩なら言葉で表せないぐらいありますけど……まっ、そんな感じでひとつ、話は終わりってことで、失礼しますね! 縁があったら、また会いましょう!」
そう告げた後でジェーンは霧のように姿を消した。それを見ていたアリスは怪訝そうな表情を浮かべて顎に手を当てる。
(追うのは無理ですね。大きな差はないでしょうが、向こうの方が格上っぽいですし……それよりもシャローヴァナル様辺りに聞くのが早そうですね。どう考えても、シャローヴァナル様が許可していない限り、あんなクラスの存在が紛れ込めるとも思えませんし……)
ジェーンを追うのは諦め、恐らく事情を知っているであろうシャローヴァナルに尋ねることにしたアリスは、軽くため息を吐いたあとで姿を消した。
『?????』
かつて神だったモノ、神ではなくなったモノ、敬愛する存在と引き換えに『終末から逃れたモノ』。その時から彼女の表情は動くことを止め、何者でもなくなったモノは再創造した世界を他者に任せ、世界を渡り歩く亡霊となった。
立ち止まることはできない、消えることもできない……己が己でなくなることは、敬愛すべき存在への冒涜だから……。
終末をもたらした者を恨む気持ちはない……それは誇り高く終末へ立ち向かった敬愛すべき存在の誇りを汚す行為だから……。
さりとて目的はなく、生きる意味もなく、消えることができない理由だけがあった……終末を打ち倒した小さな英雄の話を聞き、一度閉じられた物語が再び開かれたことを知るまでは……。