船上パーティ㉔
アンさんをトーレさんたちに任せた後で、次は誰のところに挨拶に行こうかと考えながら移動する。とりあえず優先して回るべき場所は回り終えたので、ここからは本当に目に付いた人に声をかけていく感じでいい気がする。
ただ、出来れば全員と一度は挨拶をしたいところなので、誰に挨拶をしたかというのはしっかり覚えておかなければならないだろう。
そんなことを考えつつ歩いていると、ふと見覚えのない方が目に留まった。いや、正しくは後ろ姿だったのだが、パッと見て思い当たる人がいない。
すると俺が足を止めるのとほぼ同時にその人物が振り返り、俺は思わず息を飲んだ。アシンメトリーというのだろうか? 左右で長さの違う薄っすら青い白髪、右がショートほど短くて、左はセミロングほどの長さになった独特の髪型も目を引くが、それ以上に驚いたのはその目だった。
それは、なんと表現していいのか、ハイライトが消えているというのはこういう状態なのかというような……まったく光を感じない赤い目、能面のような表情も相まって独特の不気味さがあった。
イルネスさんの焦点の合っていない目ともまた違う感じで、本当に光沢をまったく感じないというか、乾いた固まった血のような色合いの目……空虚という言葉が頭に浮かぶような感じだった。
「おぉ! これは、主催者様じゃないですか!」
「ッ!?」
そして続けて俺はさらに驚くことになった。その謎の人物は俺を見て弾むような明るい声を出してきたのだが……表情がピクリとも動いていない。口は少し動いていたが、それ以外は眉すらピクリとも動いていない。なのに声はめちゃくちゃ明るい感じだったので、違和感が凄まじかった。
「いやいや、これはお会いできて光栄です」
「あ、えっと……」
「おぉっと、誤解しないでください。自分は決して怪しい者ではありません……まぁ、本当に怪しくないやつが自分のことを怪しい者じゃないって言うかどうか、その辺りに突っ込まれてしまうと大変困ってしまうので、是非ともスルーな感じで! とと、話が逸れてしまいましたが、自分はラグナ陛下に同行してきた者です」
「あ、ああ、なるほど、道理で見覚えのない方だなぁと……」
「いや~驚かせてしまって申し訳ない。ラグナ陛下が、ワシに付いている必要はないから、お前たちもそれぞれパーティを楽しむとよいぞと言ってくださったので、ついつい堪能しておりました……あ~いちおう確認ですが、招待客以外が飲食したら駄目とかそういうのあったりします? あったらな申し訳ない」
明るく軽快な口調で、声色もテンションの高さが伝わってくる感じだが……いまだに表情が1ミリも動いていない。シロさんでももう少し表情が変化するのだが、この人は本当に口から上だけ石化してるかのようにまったく動かない。
というか、口の動きもかなり少ないんだけど、その大き目の声はいったいどこから出力してるんだ……。
「いえ、せっかく来ていただいたんですし、楽しんでもらったほうが俺も嬉しいので、気にせずにパーティを楽しんでください」
ちなみにラグナさんが同行者を2名連れてくるというのは事前に聞いている。というか、ライズさんもクリスさんも、示し合わせたように……というかたぶん、実際に示し合わせがあったんだろうが2名ずつ同行者を申請してきた。
そしてその同行者の方が、パーティを楽しむのも何も問題ないというか、是非楽しんでほしいと思う。
「なんて、器の大きい発言。自分、惚れちゃってもいいですか?」
「大げさすぎる気が……」
「いえいえ、そんな、これで玉の輿ワンチャンだぜグヘヘとか、そんなことは34%ぐらいしか考えてないですから!」
「結構比率高い!?」
しかしまぁ、なんというか、ラグナさんも濃い人を連れて来たなぁ……ノリがよい雰囲気で、喜怒哀楽が分かりやすい声なんだけど……やっぱり顔は、表情筋が死滅してるんじゃないかと思うほどピクリとも動いておらず、キャラの濃さが凄い。
「……あっ、すみません。名乗りもせずに、ご存じかもしれませんが宮間快人です」
「たはぁ~申し訳ありません。自分の方も名乗らずに長々と、ジェーン・ドゥと申します。よろしければ覚えてやってください……快人様」
「よろしくお願いします。えっと、ジェーンさんとお呼びしても?」
「もちろん、ジェーンでもマイハニーでもお好きなように!」
「じゃ、じゃあ、ジェーンさんで……ジェーンさんは貴族の方ですか?」
「おっと、これは素晴らしい慧眼……たはぁ~これは、溢れちゃってましたか! 高貴なオーラってやつが!」
「あ、いえ、家名があったのでそうかなぁって……」
「あ~なるほど、そっちの感じの……うわっ、高貴とか言っちゃった……恥ずかしっ……ちょっ、すみません。さっきのやつ無しで、記憶から抹消してください!?」
頬に手を添えて、照れたように首を横に振りつつ苦笑するような声で話すジェーンさんだが……例によって、眉のひとつすらピクリとも動いていない。
そして、声色で感情は分かりやすいのだが、この人からは感応魔法で感情が感じ取れないので……ツヴァイさんのように、魔力を外にまったく漏らしていないのかもしれない。
そう考えると、かなりの実力者という線もありそうな……なんとも不思議な方である。
シリアス先輩「ジェーン・ドゥって女性の身元不明遺体に付けられる仮称……感応魔法が効かなくて、呼び方がカイトじゃなくて快人表記で、名前が身元不明遺体……怪しすぎる」