閑話・会場の一般人
快人主催の船上パーティにおいて、完全な庶民というのはほぼいないといっていい。例えば水原香織や三雲茜などは庶民といっていいかもしれないが、彼女たちは異世界人であり過去の勇者役でもある。
快人の両親に関しても、快人の存在を抜きにしても運命神の本祝福を受けており一般人とは言い難い。ジークリンデやルナマリアも当然一般人の枠は外れており、完全な一般人で庶民という立場の者は少ない。
……そして、ある意味希少ともいえる完全な一般庶民であるグリンとアンは……会場の端で青ざめた顔で震えていた。
「……あ、あの、アンさん? わ、私、ちょっと眩暈と息切れと動悸が……い、医務室に行ってきても?」
「やめてください。こんな恐ろしいところに置いて行かないでください。というか、グリンさん……先程の控室では、あんなにやる気に満ち溢れていたのに……」
「い、いやだってその……もっとこう段階というものがあるとは思いませんか!? 確かに、お金持ちの知り合いが欲しいとは言いました。言いましたが……私が想定していたのは下級貴族とか、裕福な商人とかその辺りなんです。その辺りの方々と仲良くなって、あわよくば憧れの社交界にという想定で……その、一番上でも伯爵ぐらいの想定だったんですの! 断じて各界の頂点を想定したわけではありませんわ!?」
そう、ふたりは受付を終えてすぐに控室に移動したため他の参加者を知らなかった。道中でティアマトと遭遇はしたが、人化した状態でありふたりは彼女が六王幹部であることは気付いていなかった。
控室である程度豪華な船の雰囲気にも慣れ、さていよいよ本番だと会場に来てみれば……そこにいたのは、各界の頂点、六王幹部、他にも名だたる者たちと……彼女たちの想定を遥かに超えていた。
「……ち、ちなみに、アンさんは大丈夫ですの?」
「泣きそうですし、吐きそうです……場違いなどというレベルではないんですが……と、というか、あの、あ、ああ、あちらにいらっしゃるのって……そ、創造神シャローヴァナル様……です……よね?」
「ああ、アンさんにも見えるということは、アレは極度の緊張状態である私が見ている幻覚ではなく本物なのですね……シャローヴァナル様が、勇者祭以外の催しに現れることなどあるのですか?」
「この目で見てさえいなければ、無いと断言できたんですが……と、というか、私たちシャローヴァナル様と同じ空間に居て、呼吸していてもいいのでしょうか? 不敬になってしまうのでは……」
ふたりの視線の先には、優雅に佇むシャローヴァナルの姿があり、背後に最高神が控えていることから考えても本物であるのは確実ではあった。
だが、グリンとアンは勇者祭ですらシャローヴァナルの姿など遠目に見た程度であり、同じ会場内にいるというだけでも恐れ多くて震えていた。
「……グリンさん」
「なんですか?」
「……カイトさんって何者なのでしょうか? 私が知らないだけで、実はこの世界の支配者だったりしますか?」
「い、異世界人とご本人は仰っていましたが……ただの異世界人が主催したパーティに、これだけの面子が集まるとはとても……な、なんでしょう? 私たち、もしかしてなにかとてつもなく恐ろしいことに巻き込まれているのは?」
「……いまがまさに、とてつもなく恐ろしい事態です。ひ、跪かなくて大丈夫でしょうか? つ、次の瞬間に首が飛んでたりしないでしょうか……」
「お、恐ろしいことを言わないでください。だ、大丈夫です。他の方々も普通に……普通に……なんでシャローヴァナル様が居るという状況で、皆さんは平然としているのでしょうが……大事件な気がするのですが……やはり、私とアンさんが見ている幻覚?」
ここにいる大半の者たちにとっては、シャローヴァナルが快人の恋人であることは周知の事実であり、快人主催のパーティにシャローヴァナルが居ても特に驚くことはない。
だが、そんなことを知らないグリンとアンはとにかく落ち着かない様子で視線を左右に動かしていた。
「……アンさん、私やはり……医務室に……」
「このそうそうたる面々の前で、注目を集めつつ会場から退出できるでしたらご自由に……」
「……止めておきますわ」
「とりあえず、壁に張りつくようにしておきましょう。ち、近づくだけでも不敬かもしれません。可能な限り距離を……」
「そ、そうですわね」
とんでもない魔境に来てしまったと、そんなことを思いながらふたりはできるだけ目立たないように壁際で身を小さくしていた。
シリアス先輩「あっ、そっか……こいつら、他の胃痛戦士たちと違って、快人の交友関係をほぼ知らない状態で来てるのか……なんて哀れな……」