船上パーティ開始前⑪
海を司る上級神、大海神マリン。魔界の海を統べる竜王配下幹部四大魔竜の一角、海竜エインガナ……知っている者は知っているが、このふたりは仲が悪い。
主に知名度で勝るエインガナに対しマリンが逆恨みのような感情を持っているのが原因だが、エインガナの方も海に関することではプライドが高く対抗心を燃やす。
「……いらしてたんですね、エインガナさん」
「ええ、ミヤマカイトさんはマグナウェル様とも関わりの深いお方ですし、そもそも今回は魔界の海上で行われるパーティ。魔界の海の支配をマグナウェル様より預かる私が出ないなどということは、ありえないでしょう。むしろ、私としては貴女がミヤマカイトさんと交流があることに驚きですよ」
「ははは、そうですね。エインガナさんは『魔界の』海のトップといってもいい方ですしね」
表情だけは張り付けたような笑顔のまま、これでもかというほど「魔界の」という部分を強調して話すマリン……明らかに敵意を感じるその言葉に対し、エインガナは不敵な笑みを浮かべる。
「ええ、私は魔界の海を管理するものです……ただ、そうですね。魔族だけでなく人族にとっても、どうやら海と聞いて名前を思い浮かべるのは私のようでして、人界の海に関わる行事などにもよく招待されますね。こういってはなんですが、私は一種の『海の守護神』のように認識されているみたいですから……ね?」
「……」
明らかに煽るようなエインガナの言葉は、しかしてマリンに対しては非常に効果的であり、それを聞いたマリンの額に太い青筋が浮かび、笑顔が引きつる。
事実として人界における知名度はエインガナの方が圧倒的に上であり、地域によっては彼女が海の神として認識されていることも多い。
六王幹部として勇者祭などに出ることもあり、幹部として名も知られており、なおかつ本来の姿が1000mを越える巨大な海竜とあってはインパクトも凄まじい。
対して、海を司る神ではあるものの上級神であるため人界に神殿を構えたりはせず、生命神ライフの直属とはいってもスカイとガイアに続く三番手であるため、そちらとしても知名度はやや薄く、圧倒的に人族等に知られる機会のないマリンの知名度は低い。
そしてそこがマリンがエインガナに対して強い対抗心を抱く最大の要因だ。と、それだけを考えればこの煽り合いはエインガナが圧倒的に有利かと思えるのだが……実はそうではない。
「……本当に素晴らしいことですね。エインガナさんの知名度にはいつも驚かされます……『海に関する能力では私に劣るのに』……」
「……」
ビキッという音と共に、今度はエインガナの顔に血管が浮かび上がる。そう、確かに知名度という点ではエインガナが圧倒的に上だ。
だが、海に関する能力という括りであるならば、海の権能を有するマリンの方が上だ。権能は世界の理ともいえる力であり、魔法の上位の力であるため……海に関することで能力を行使する場合、エインガナはほぼ確実にマリンに劣ってしまうのが純然たる事実だ。
そしてそれは、海に関しては凄まじいプライドを持つエインガナにとっては我慢ならぬことであり、明らかに瞳に怒りの色が現れていた。
「確かに、悔しさは感じますが海に関する能力でマリンさんには敵いませんね。さすがは、世界の神たるシャローヴァナル様の力の一端です。ええ本当に、『海に関する能力だけは』……マリンさんが上かもしれませんね」
「……気のせいですかね? 今の発言をそのまま受け取ると、権能以外はすべて自分が上だといっているように聞こえますが……」
「……そう聞こえましたか? では、貴女の耳は正常ですね」
「……」
「……」
プチンとなにかが切れるような音が聞こえた気がした。マリンとエインガナの表情から同時に笑顔が消え、目が完全に据わる。
明らかに一触即発……数秒後に戦いが始まってもおかしくない状態だったが……そうはならなかった。
「……なにをしている馬鹿者。戦友のパーティの席で、戦いを始める気か……」
「に、ニーズベルト!? い、いえ、ですがこれは譲れないプライドをかけた……」
「マグナウェル様の顔に泥を塗るつもりか?」
「……あっ、いえ……申し訳ありません。熱くなりすぎました」
現れたニーズベルトによって咎められたエインガナは、頭が冷えたことでさすがにこの場で戦いを始めることがいかに危険かを察して頭を下げた。
その様子を見て留飲を下げるような笑みを浮かべていたマリンだったが、そんな彼女の首元に鋭利な鎌が添えられる。
「……お前もだ、大海神。シャローヴァナル様が楽しみにされているパーティを台無しにするつもりなら、相応の覚悟をすることだ」
「……申し訳ありません。私が浅慮でした……あの、反省していますので、鎌を下ろしてください災厄神」
快人から招待を受けているもうひとりの上級神、災厄神シアによって大海神も咎められた。さすがに彼女も冷静になれば度が過ぎたということは理解できたのか、すぐに申し訳なさそうな表情で謝罪をし、そのままシアに連れられ、同様にニーズベルトに連れられたエインガナと同じく、その場から離れていった。
そしてその後、それぞれシアとニーズベルトより、パーティ中にマリンとエインガナの両者が一定距離以内に近づくことを固く禁じられたのは、当然の帰結といえる。
???「おっ、カッコいい方のシリアス先輩ことシアさんも、結構久々の登場ですね」
シリアス先輩「……え? いや、待って、そのいい方されると私の方が『カッコ悪い方』にならない?」