船上パーティ開始前⑤
船上パーティの会場となる巨大魔導船には多数の部屋があり、もともと豪華客船として設計されていることもあってVIPルームのような部屋も存在する。
そのVIPルームのひとつには、六王の一角であるアイシスと配下たちがいて、穏やかに会話をしながらパーティの開始時間を待っていた。
「おぉ~凄いっすね。これが、船……海の上をこうやってゆっくり移動するのは、なんか新鮮です!」
「……そっか……ウルは船に乗るの……初めてなんだね」
「はい! なんか、ワクワクしますね!」
「……ふふ……うん……私もあんまり乗る機会はないから……少し新鮮」
十本の尻尾を振って、窓から見える景色を興味深そうに眺めるウルペクラを微笑ましげに見た後、アイシスは軽く紅茶を飲む。
アイシスには死の魔力があるため、受付などで偶然一般の人と遭遇しては怖がらせてしまうという懸念もあり、かなり早めに船へとやってきていた。
「しかし、流石はカイト様というべきか、ここで感じるだけでも凄まじい魔力の方々が次々とやってきてるね。これ、もしかすると六王幹部まで勢ぞろいってことになるんじゃないかな?」
「実際にカイトは全員と顔見知りのようだしな。まぁ、我らと違って全員が参加できる余裕があるかどうかまでは分らんがな……まぁ、大抵の仕事ならカイトを優先しそうではあるが」
「ふむ……他の陣営はどうしているのやら、我々のように同じ部屋に固まっているのかな?」
ポラリスの言葉にイリスが紅茶のおかわりを用意しつつ答える。彼女たち死王配下幹部は……というか、死王配下にはあまり仕事らしい仕事もなく、今回も当然のように全員で参加していた。
「……なんというカ、ドレス姿の似合わんやつだナ」
「それに関してはお前に言われるまでもなく自覚している。というか、虫人は背中に羽があったり腕が複数あるものも多いので、この手のドレス自体がそもそも着にくいというのはあるがな……いや、今着ているものに関しては、特注で作ったので苦しさなどはないが、それでも普段とは違いすぎて落ち着かないというのはある」
「普段が落ち着いているような言い方はやめるべきだナ。単純に脳まで筋肉の女にドレスは似合わんというだけの話ダ」
「……ああ、そうだな。着る存在というのは重要だな。高級なはずのドレスが、死肉女が来たばかりにボロ切れのように見えてしまうのは、なんとももったいない」
「……ハ?」
「……あ?」
「ふたりとも~ここで喧嘩したら、怒られるで~」
例によって喧嘩腰な様子になるシリウスとラサルを見て、スピカが苦笑しながら告げる。死王配下は相変わらず仲がいい様子で、なんだかんだでパーティ開始までの時間も楽しげに過ごしていた。
魔導船のデッキでは柵にもたれかかりタバコを吸っているオズマの姿があった。流れゆく景色をのんびり楽しんでいるようなそんな雰囲気を醸し出すオズマの耳に、大きな声が聞こえてきた。
「あ、兄貴! ここに居たんすね!」
「うん? コングくんじゃないか、旦那の方の様子はどうだい?」
現れたのはピッチリとしたスーツを無理やり来たようなゴリラ……戦王五将のひとり豪傑のコングだった。嬉しそうに笑うコングを見て苦笑を浮かべた後、オズマはメギドの様子について尋ねる。
「親分でしたら、バッカスに酒持ってこさせて早速飲み始めてましたね。親分、最近は特に上機嫌っすからね。やっぱ、神界での戦い以降下の連中に気合が入ったからっすかね?」
「それもあるだろうけど、単純にいままで以上にミヤマくんのことを気に入ってるから、最近は特に上機嫌なんじゃないかな」
「ああ、なるほど……アイツはすげぇやつですからね」
「おっ、コングくんもミヤマくんのことは高評価かな?」
コングが語るように実際にメギドはここ最近は非常に上機嫌である。その要因は、快人によってメギドが長年抱えていた破壊衝動が打ち破られたことで、メギド自身が己の力を以前以上にコントロールできるようになったのと、その一件でもともと気に入っていた快人のことをさらに気に入ったため、快人が関わる要件の際には極めて上機嫌だった。
「ええ、六王祭で最初に見たときはちっちぇガキだと思いましたが、そのあとの親分との戦いは大した根性で、イカしてましたね。俺ああいう泥臭い根性があるやつは好きなんすよね。それに、聞いた話だと最近また親分に勝ったってんでしょ? 親分に三度も勝つなんざ、本当に大したもんすよ」
「ははは、確かにミヤマくんは本当に凄いね。今回のパーティとかでも、それぞれの王が懇意にしてるからって理由じゃなくて、純粋にミヤマくんを気に入って参加している六王幹部も多いし……ほんとに大した子だよ」
「っすね」
楽し気に話すオズマに、コングも大きくうなずいて同意する。そのまま和やかな空気が流れかけたのだが、ふとオズマがなにかを思い出した様子で、コングに尋ねた。
「……そういえば、アグニちゃんとイプシロンちゃんは、どうしてた?」
「あ~なんか、どっちが兄貴と一緒に入場するかってので揉めてましたね。喧嘩は禁止って親分と兄貴が言ってたんで、殴りあったりはしないでしょうけど……バッチバチな感じでしたね。最終的に兄貴に選んでもらうとかって話で纏まるんじゃねぇっすか?」
「そ、そっか……う~ん……もうしばらくしてから戻ろうかなぁ……」
例によって今回のパーティもアピールチャンスと考えているアグニとイプシロンのふたり、その押しの強いふたりのことを思い浮かべてオズマはなんとも言えない表情で苦笑した後、もう一本タバコを取り出して火をつけた。
シリアス先輩「地味に、戦王配下でメギドからいっつもなんか振られてるのはバッカスなんだよな……苦労人ポジか……」