船上パーティ開始前④
ティアマトとフェニックスがパンドラによって連行されたころ、グリンとアンは割り当てられた部屋のひとつに、ふたりで一緒にいた。
「……グリンさん、お邪魔する形になってしまって、申し訳ありません」
「いえ、むしろ私もこのように広い部屋にひとりで居ては落ち着かなかったので、アンさんがいてくれたほうが気が楽です」
「本当に、すごい部屋ですね。こ、これが一部屋ずつ……」
割り当てられていた部屋は、まさに豪華客船の部屋というのにふさわしい高級感のある部屋で、完全に庶民であるふたりにとっては未知の世界だった。
そんな部屋にひとりで居ては気も休まらないということで、グリンの部屋でパーティ開始までの時間を一緒に待つことにした。
「……それにしても、本当に凄いところに来てしまいましたね。カイトさんは、よほどのお金持ちなのでしょうね。異世界人という話でしたが……」
「私も詳しくは存じませんが、移住を決めた異世界人には爵位が与えられるという噂を聞いたことがあるので……やはりミヤマさんは貴族? そうじゃないとしても、相当の伝手は……や、やはり仲良くしておくべきですね! そうすれば、私にもお金持ちの知り合いが……夢の社交界が……」
「ははは、なんというかグリンさんは逞しいですね」
「せっかくのチャンスですから、なにかを得て帰りたいところですね。今回のためにドレスもかなりいいものをレンタルしたんですわ。月の手取りが3420Rの私にとっては、かなり手痛い出費ですが、憧れの社交界に近づくチャンスとなれば手は抜けませんわ」
高級感に気圧されてはいても、それでも金持ちと知り合うという目的は忘れていないグリンはある意味かなり逞しい。まぁ、金持ちと知り合うという意味であれば、もうすでに快人と知り合っている時点で達成しているのだが……さすがに快人が三界の頂点たちと交流が深い桁外れの存在とまでは知りようがない。
「グリンさんは冒険者ギルドの受付でしたよね? 失礼な言い方かもしれませんが、専門知識が多く必要な職なので、もっと高給なのかと思っていました」
「首都などであればそうでしょうが、うちのギルドは辺境都市ですからね。規模が全然違うので、このぐらいですよ。そういえば、お仕事に関して詳しく聞いたことはありませんでしたが、アンさんはクルーエル族ですし、やはり魔水晶の採掘業ですか?」
「よくご存じですね。ええ、というかクルーエル族の大半は採掘業ですね」
「……その、下品な質問かもしれませんが……給金などは大きいんですか?」
「それに関してはかなりバラつきがありますね。基本的にクルーエル族は、ある程度の人数でまとまって組合を作って、それぞれの組合で独自に採掘業を請け負ったり、採掘した品を売買したりするので、所属する組合の力によって収入は大きく変わりますね。私の所属する組合……というか、お恥ずかしながら私が代表を務める組合は、小規模寄りの中規模といったところで、伝手などもあまり多くはないので……低い時は月に2000Rぐらいで、多い時なら5000Rという感じでバラツキが大きいですね」
「なるほど、それは大変そうですわね。ですが、代表を務めているというのはすごいですね。小規模とはいえ、ひとつの組織のトップというわけでしょう?」
クルーエル族は日の光に弱い反面、地底都市を作って生活していたりと、採掘などの技術に優れる種族であり、宝石や魔水晶の採掘が主な事業である。
アンもその例に漏れず、採掘業に携わっており、小規模ながら組合の代表も務めていた。
「……あはは、そんなに凄いものだったらいいんですが、実際はもともとその組合のリーダーが私の祖父だったので、引き継ぐ形で務めているだけですよ。なんというか、うちの組合は腕はいい者が多いのですが、職人気質と言いますか、どうにも交渉ごとに弱い人ばかりで……あまり商会などへの伝手もなく、かなり安く仕事を請け負うしかない現状なのが難しいところですね」
「どこの世界でも伝手は大事ですわね……あっ、そうですわ! それなら、アンさんもこのパーティで伝手を作ればよいのではないでしょうか?」
「ははは、それは魅力的な提案ですが……そんな都合よく商会の、それも魔水晶などの関係に伝手のある方と知り合えますかね? もしかしたら、カイトさんならなにか伝手を持っているかもしれませんが、交流が浅い身で紹介などをお願いするのはあまりにも浅ましいですし……」
「う~ん、願うだけならタダですから、理想は大きく持っておきましょう! もしかしたら、今回のパーティでセーディッチ魔法具商会と伝手が作れるかもしれませんよ!」
「世界一の商会じゃないですか、確かにそんな大商会に伝手ができれば組合員の人たちにも楽をさせてあげられますが、ちょっと目標が高すぎる気も……ほどほどに、なにかひとつ仕事の縁でも見つけることを目標にしますよ」
「アンさんは欲がありませんわねぇ」
野心というよりは憧れや夢がいっぱいという感じのグリンとは対照的に、アンはやや控えめであり堅実な思考の持ち主のようだった。
もっともこの場においては、グリンの大げさすぎる想定がある意味的を得ているのだが……こと時のふたりには、それを知る由はなかった。
シリアス先輩「確定してるだけでも、セーディッチ魔法具商会会長、魔法具部門特別顧問、魔水晶部門特別顧問、セーディッチ魔法具商会含む複数の大商会の名誉会長にして六王が参加するんだよなぁ……」
???「控え目で堅実なタイプが、人脈の暴力でぶん殴られるんすね」