船上パーティ開始前③
ティアマトが階段を下りて移動しているとほどなくして目的の人物を見つけることができた。
「あっ、ティアマト。どこいってたんですか?」
「少し野暮用で……待たせてしまって申し訳ありません、フェニックス」
そこにいたのは翡翠色の長髪の小柄な女性であり、フリルなどが多くあしらわれた可愛らしいドレスに身を包んでいる姿はどこか幼さも感じられる。
その正体はティアマトと同じく十魔の一角であるフェニックスが人化した姿であり、私生活で仲のいいふたりはこういった場においても行動を共にすることが多い。
「やはり世界には悲しみが多いですね。特に力の弱い者と接するときは気を使います。少しでもその気になれば殺せてしまう相手というのは、どうにも精神的にもよくはないです」
「そうですか? 私は私に快感を与えられないレベルの存在なんて気にしたことはないですね。私に快感を与えられない時点で、私の世界においては価値のない存在ですし、興味もないです」
「ふむ、私はか弱く心優しい者は尊いと思いますが……」
「それは別にいいのでは? ティアマトがそう思うなら、ティアマトの世界においてはそれが正解で真実でしょう。価値観なんて千差万別ですし、自分の価値観の基準さえ把握しとけばいいんですよ」
「なるほど……フェニックスと話しているとためになりますね」
フェニックスは興味のないことにはとことんドライな性格をしているが、かといって価値観の違うものを認めないほど浅慮なわけでもない。己の価値観と他者の価値観は違って当然、己が無価値に感じるものも他者にとっては価値あるものであるというのも理解できるし納得もできる。
だが、それはそれとして興味はないというのがフェニックスのスタンスである。なので、ティアマトの価値観も認めつつ興味なさそうに適当な返事をしていた。
そんなフェニックスに軽く微笑みを向けた後で、ふとティアマトは思い出したように口を開く。
「そういえば、貴女の人化した姿は久しぶりに見ましたね」
「そういえばそうですね、最近人化する機会なかったですし……どうです? 似合いますか?」
「ええ、とても可憐で愛らしいですよ。フリフリとしたドレスも貴女の魅力を一層引き立てているようで……」
フェニックスに語りかけるティアマトの声は、少しずつ熱を帯び、同時にティアマトはスッと手を伸ばして小柄なフェニックスの首を、爪が食い込むほどに強く握りながら笑みを浮かべる。
「ああ、本当に……愛らしくて……素敵で……ねぇ、フェニックス……殺していいですか?」
ティアマトはニターっと口角を上げ、狂気に染まりきった笑顔を浮かべる。その瞳には不気味な光が宿っているかのようで、気の弱い者が見たらそれだけで泡を吹いて気絶するかもしれないというほど、あまりにも濃密で禍々しい狂気に満ちていた。
だが、そんな狂気を向けられる側のフェニックスもまた彼女と同じ一種の異常者である。ティアマトの狂気の視線を受け、フェニックスは負けず劣らずの狂気を宿した目で恍惚とした笑みを浮かべる。
「首を絞めて殺しますか? 指で喉を突き破りますか? それともいっそ力任せに握りつぶしますか? ……私は、どれも大好きですよ。ちゃんと、痛く、苦しく、殺してくださいね?」
「あぁ、やっぱり貴女は誰よりも美しい……」
ティアマトとフェニックスは共に異常者であり、両者の性癖はこれでもかというほど噛み合っている。相手を好ましく思えば思うほど、愛おしく感じれば感じるほど、殺したくて仕方なくなってしまうティアマトに対し、死に至るような苦痛を好み、何度でも味わいたいと思っている不死身のフェニックスの相性は無類である。
もちろん今回も唐突なティアマトの衝動的な殺意を、フェニックスは嬉々として受け入れている。そのフェニックスの反応に嬉しそうに笑ったティアマトがそのままフェニックスの首をへし折ろうとした瞬間……両者とも虚空から飛来した鎖によって雁字搦めにされた。
「……おや? これはこれは……悲しい事態ですね」
「……え、えぇぇ、もうちょっとで私の首がゴキッてなるとこだったのに、ここでお預けは酷くないですか……パンドラ様」
鎖によって拘束されたふたりが視線を動かすと、額に青筋を浮かべたパンドラが歩いてきていた。
「……貴様ら、まさかとは思うがミヤマ様が主催するパーティの場で、おぞましい性癖を発散させようなどと……そんな十魔にあるまじき行動をとるつもりではないだろうな?」
「「……」」
パンドラの問いかけにティアマトとフェニックスはさっと目を逸らした。なにせ反論できる余地がない。実際に気持ちが盛り上がって性癖の発散タイムに移行していたのが事実である。
「今回、私はシャルティア様より貴様らを含めた十魔の動向を監視する任務を与えられている。いいな、ふざけた行動をとるようなら、私の独断で処すぞ……」
「……あ~終わりましたねこれ、本当にちょっとでもふざけたら封印されて海に捨てられそうです」
「さすがシャルティア様、任務を徹底して遂行するパンドラ様に私たちの監視をさせることで、パンドラ様と私たちを纏めて封じ込める妙手……悲しいほどに鮮やかです」
そう、怒っている側のパンドラもドSにして特定の相手にだけドMという結構ヤバい性癖の存在であり、快人やアリスが頭を悩ませることも多い。
だが、パンドラは任務中に性癖を表に出したりすることはなく、真面目かつ完璧に指令を遂行する。
なのでアリスは、事前にパンドラに『最重要命令』という形で、他の十魔の監視や統括を命じることで、パンドラを含めた十魔が暴走するをの抑える手を打った。
実際それは効果的であり、全てを悟って諦めたような表情で、ティアマトとフェニックスは鎖で巻かれたまま引きずられていった。
シリアス先輩「前話でちょっと見直したと思ったら、すぐこれかよ!? そういえば、それはそうとこのふたりって序列が九位と十位だよな? フェニックスの方が上なのか?」
???「いや、このふたりの序列が低いのは、任務で己の性癖発散してくるので時間がかかるからっすね。んで、フェニックスはとりあえず一通り性癖を楽しんだ後はサクッと任務遂行するんですが、ティアマトの方は終わった後で親しい相手(見立て)と死別した悲しみで、超音波まき散らして周辺破壊しながらしばらく泣いて(快感に身悶えて)から帰ってくるので……周辺の被害の差で、ティアマトが十位です」