船上パーティ開始前①
快人主催の船上パーティの当日となり、髪型を綺麗に整えレンタルしたドレスを身にまとったグリンは緊張しつつもどこか気合の入った様子で転送ゲートに向かっていた。
「よしっ、頑張ってお金持ちの知り合いを作って、私も社交界デビューを……あとそれとは関係なく、本物の貴族令嬢なんかも見られるかもしれませんし、その辺りを今後の参考にしたいですわ」
グリンは貴族令嬢に憧れる一般女性である。煌びやかな社交界に憧れを抱き、いつか自分もそんなキラキラした世界にと夢を見ている。
とはいえ、普段は片田舎の都市の冒険者ギルドで受付嬢をしている彼女に貴族などといったお金持ちと知り合う機会などなく、冒険者にしても田舎の都市に高位の冒険者などは少なく伝手が無かった。
だが趣味が高じて毎年参加していたフライングボードの大会で知り合った快人のおかげで、今回パーティに招待されることとなり、どこか期待に胸を膨らませていた。
……まぁ、現実は彼女が思い描いているより数百倍ほど凄まじいメンツが集まるパーティなのだが、いまの彼女がそれを知る由はない。
「いらっしゃいませ、本日はどちらに転送でしょうか?」
「えっと、すみません。この招待状を見せると転移していただけると……」
「ああ、特殊転送をご利用ですね。お預かりします……はい、確認できましたのでお返しいたします。それでは転移ゲートの用意をいたしますので、こちらへどうぞ」
「ええ、ありがとうございます」
丁重な係員に礼を言って移動しつつ、グリンは心の中で思考していた。
(え? 本当に無料で転移できるんですの? 人界から魔界への転移となると結構高額なはずですが……念のためにお金はかなり多めに持ってきましたが、あんな簡単な確認だけで、しかも列に並んだりすることもなく……こ、これが上流階級の特別扱いというやつなんでしょうか……き、緊張してきましたわね)
普段転移ゲートを利用する際は、順番待ちをして転移するのだが……どうやら特別転送は別の転移ゲートで行うようで、通常の列とは別に案内されそのままスムーズに転移が行われた。
そうしてたどり着いたのは、恐らく魔界のどこかにあるであろう転移ゲートの中だが、魔界にあまり来た経験のないグリンにはどこか分からない。
キョロキョロと周囲を見渡していると、転移ゲートの入り口付近に控えていたメイド服を着た女性が近付いてきて一礼した。
「失礼いたします。招待状の反応がありますが、招待客様でしょうか?」
「あ、は、はい!」
「それでは、恐れ入りますが招待状を確認させていただきます」
「ど、どうぞ……」
私生活ではほぼ関わることのないメイドという存在に若干気圧されつつ招待状を差し出すと、メイドはそれを確認して一度頷いてから招待状をグリンに返して口を開く。
「ありがとうございます。それでは会場にご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
「よ、よろしくお願いします」
「はい。移動は転移にて行います。魔導船内部への直接転送の他に、魔導船の外観を確認したいという方のために、外観を確認できる位置に転移後、再度内部への転移と二種類からお選べいただけますが?」
「あっ、じゃ、じゃあ、外観の確認をした上で内部に……」
「かしこまりました。それは10秒後に転移いたします。外観を確認できる場所についてから1分後に自動的に内部へ転移が行われますのでご注意ください……それでは、行ってらっしゃいませ」
その確認会話の際に、亜空間内に控えているグラトニーに情報が届き、招待客の望んだ方法で転移が行われた。
魔界の海上、魔導船の外観を確認するために用意された浮遊する台座で、グリンは目も口も大きく開けて唖然としていた。
「……あえ? な、なな、なんですかこのサイズ……」
彼女の目の前にあるのは人生で一度も見たことが無いようなサイズの巨大豪華客船であり、そのあまりの桁違いの雰囲気に思わず身震いしてしまった。
(あ、あれ? これ、もしかして、私が想像していたよりだいぶすごいパーティなのでは?)
己の認識が甘かったことを悟ったグリンではあったが、だからといっていまさら何かができるわけでもなく呆然としているうちに1分が経過して、彼女は船内に転移される。
受付らしき場所であり、そこで招待状の提示を行うと鍵を渡された。
「……この鍵は?」
「そちらは、招待客様に個別に割り振られた部屋の鍵でございます。パーティ開始時間までの待機、着替えや休憩など、必要に応じて自由にお使いください」
「あ、はい」
まさか個別に部屋まで用意されているとは思わず。あまりの特別待遇に鍵を受け取る手も震えていた。そのまま、グリンは受付から離れ、高級感あふれる船内を不安げに見渡していると……ふいに自分と同じような感じで、キョロキョロしている顔見知りを見つけた。
「アンさん!」
「え? あっ、グリンさん……よ、よかった、顔見知りと会えて……とんでもないところに来てしまったと、困惑していたところでした」
「私も同じ気持ちです。いえ、その、豪華なパーティを期待してはいたのですが、まさかこれほどとは思わず……アンさんに会えてホッとしましたわ」
「もう、内装から高級感が凄まじいですからね……と、とりあえず、移動しましょうか」
同じフライングボードの競技者であり顔見知りでもあるアンと遭遇できたのは、グリンにとってはまさに地獄に仏であった。アンの方もほぼグリンと同様の状態だったので、わざわざ互いに確認するまでもなく一緒に行動することになり、受付のあるフロアから離れて移動する。
「……え、えっと、これはとりあえず部屋に向かえばいいんですかね?」
「ですが……どこでしょう? この船、あまりにも広いですし、どこに行けばいいのか皆目見当が……一度受付に戻って確認しましょうか?」
不安げに割り当てられた部屋に向かうべきかと問うアンに対し、グリンも同意しつつも魔導船内があまりに広すぎて、どこが客室なのかよくわからないと溢した。
一度受付に戻って聞いてみようかとそう考えたタイミングで、ふいに透き通るような声が聞こえてくる。
「……お困りのようでしたら、お力になりましょうか?」
「「え?」」
聞こえてきた声に振り替えると、そこには……まるで喪服のようにも見える黒いドレスに身を包んだ、巨大な二本角の大柄な女性が微笑みを浮かべて立っていた。
「どうぞ、遠慮なく頼ってください……ところで、なんとなくですが、私たちはとても仲良くなれそう……そう、思いませんか?」
戸惑うグリンとアンのふたりに対し、大柄な女性……人化したティアマトは、いっそ寒気すら感じるほどの美しい笑顔を浮かべていた。
シリアス先輩「初エンカウントがティアマトって……このふたり、前世でなんか大罪でも犯したのか……最悪の相手じゃねぇか……」
???「いや、まぁ、ティアマトはアリスちゃんの調きょ……指導もあるので、一般人に手を出すことはないので、そこは大丈夫です。精神的な疲労に関してはしりませんが……」