船上パーティの招待状⑪
ハイドラ王国の片田舎といっていい地方都市にある日本風の家屋では、移住者のひとりである大蔵重信が自分と妻のハンナに届いた招待状を見ていた。
そんな重信の前に緑茶の入った湯呑みを置き、ハンナは首を傾げながらテーブルの向かいに腰を下ろす。
「……どうしました?」
「ああ、いや……へそくり崩すしかねぇなぁって考えてたとこだ」
「まずそのへそくりに関して伺いたいところですが……」
「おっと……そこには目を瞑ってくれ。別にお前に行ってない収入源があるとかじゃなくて、フライングボードの勝利予想やらで儲けた分を貯めてただけだ」
「やれやれ、それで? なんでそのへそくりを崩す必要があるんです?」
バツの悪そうに頭をかく重信を見て、ハンナは苦笑を浮かべながらも優しい声で尋ねる。重信がへそくりをしていたことを咎める気はない……というよりは、重信は収入や貯金の大部分をハンナに渡しているので、ハンナの感覚としてはもっと重信の取り分を多くすればいいと感じているのだが、基本的に重信は月に決まった額を「お小遣い」としてハンナから受け取るだけで、それ以上を使うことは無い。
「パーティ用の正装をな……それも、それなりにランクの高いやつじゃねぇとヤバそうだ」
「あら? 服装は自由と書いてますか?」
「……だがたぶん、私の予想ではこのパーティにはとんでもない方々が集結するぞ」
「えぇ!? そ、そうなんですか?」
「ああ、まず根拠はこの招待状だ。黒魔羊紙はかなり高価な紙だ。快人が高級志向ってんならともかく、実際はそうじゃねぇだろ? となると、当たり前だがこの招待状自体を用意したのは快人に仕えるメイドとか、話に出てた獣人のアニマって子辺りだろう。となると、少なくともその子たちは招待状を送る相手に関して『このレベルのものでなければ失礼』って判断してるわけだし、そう考えるとパーティのランクも見えてくるってもんだ」
重信は勇者召喚される前には会社の跡取りとしていろいろなパーティにも出席しており、貴族社会にそこまで馴染みはないものの社交界という場に関しては、それなりの知識と経験がある。
「最初は快人の恋人の六王様やシャローヴァナル様が来てとも考えた……もちろんそれでもとんでもねぇし、キッチリ正装していく必要がある場ではある。恋人以外の六王様や他の権力者とどの程度親しいかは分からないが……なんとなく私の直感だと、シャローヴァナル様に最高神様、幹部級を連れた六王様全員、人界各国の王侯貴族……その辺のランクが集結するんじゃねぇかって思ってる」
「……そ、そんなとんでもないことに?」
「これに関しちゃ完全に勘でしかねぇが、事態の想定なんてのは悪めにしといたほうがいい。それを抜きにしても恋人である冥王様やシャローヴァナル様は確実にくるわけだし、正装して損することはねぇだろ……まっ、てことで今度レンタルの服を見に首都の方に出向くぞ」
「分かりました。う~ん、いまから緊張しますね」
重信の言葉に納得したハンナが頷き話がまとまったとそう思ったタイミングで、来客を知らせるベルの音が鳴り、ハンナが応対に出ると……レイジハルトとシルフィアが姿を現した。
「やぁ、シゲノブ!」
「……確かにもうちょっと高頻度で顔出せとは言ったが、極端だなお前ら……」
長命種であり時間間隔が大雑把な知人ふたりに対して、重信は以前にもっと高頻度で顔を出せと伝えた。それは間違いない……それ以降、月に7~10回は遊びに来るようになったのだが……。
呆れたような顔を浮かべる重信を見てどこか楽し気に苦笑したあと、レイジハルトとシルフィアも腰を下ろし、ハンナが追加で持ってきた湯呑みを受け取る。
「それで、ふたりはなにをしてたんだい?」
「ああ、この招待状に関して……とんでもねぇ方々が来るから正装をレンタルするかって話になってな」
「なるほど、私とレイも王宮に務めていた頃の服を着ようかと思ったんだけど、いまはもうデザインが古くて新調することにしたわ」
「あ、そうだ! なんならシゲノブとハンナの分も私たちが出すから、一緒に買いに行かないかい? お金ならあるんだよ……たっぷりとね」
レイジハルトがそう言ってテーブルの上に袋を置くと、中には金貨や白金貨がたくさん入っており、重信とハンナは目を丸くする。
「……おいおい、どんな悪さしやがった。大人しく自首しろよ」
「危ないお金じゃないよ!? これはね、愛娘のジークからの仕送りの一部だよ」
「なお悪いわ。なに娘の稼ぎで服買おうとしてんだテメェら……」
「いや待って、違うんだ! これにはいろいろと事情が……」
ジークリンデの仕送りの一部で正装を買うというレイジハルトに重信が呆れたような目を向けるが、それを見てシルフィアが苦笑を浮かべつつ説明をする。
「いや、最初は私とレイもジークちゃんの結婚費用にって仕送りはそのまま貯めてたんだけど……その……もう、王族並みの結婚式を開催しても余裕でお金が余りそうなほど貯まってて、まだドンドン増えてるからいい加減使わないとってね」
「そうなんだよね。私たちも仕送りは大丈夫だと言ってるんだけど、ジークはアレで頑固なところがあって……」
「……というか、ジークちゃんはそんなに高給取りなんですか?」
ジークリンデは基本的に毎月ふたりに仕送りをしている。元々はふたりが宮廷魔導師を辞めたことに責任を感じて始めたのだが、いまはもう癖になっている感じだ。
レイジハルトとシルフィアも最初は普通に受け取って、後のジークリンデの結婚式で使おうと貯めていたのだが、ここ数年仕送りの額が桁違いに増えていた。
「……いや、なんかジークのペットのレインボードラゴンの素材を幻王様がとても気に入っていて、高頻度で買いに来るらしいんだよ」
「……もうすでにツッコミどころが多すぎる。ペットのレインボードラゴン? 幻王様? ちょっと、詳しく説明しろ……」
大きなため息を吐きつつ重信がそう告げ、レイジハルトとシルフィアは顔を見合わせたあとで苦笑して、事の詳細に関して詳しく話し始めた。
シリアス先輩「そういえばさ、少し前のフィーアの話で医療用語的なのいろいろ出てたけど、アレも過去の勇者役から伝わったりしたの?」
???「えぇ!? そんな都合のいい話があるんすか……それこそ未来の医療技術や研究にまでの幅広く深い知識があって、時代や文明レベルに合わせて段階的に学会とかを通じて医療レベルを上昇させる配慮と計算高さも併せ持って、それを実行できるだけの能力なんかがある超絶美少女が居るっていうんですか!?」
シリアス先輩「お前かよ!? そういやコイツ、ある意味未来の地球って言っていい世界から転移してきたんだっけ……」