船上パーティの招待状③
ハイドラ王国の王城にある執務室では、国王であるラグナが書類の整理をしていた。基本的にどうでもいい定例会議などはサボるが、国にとって重要なものをサボることもなく、書類仕事も後回しにしたりせずに処理しているのでなんだかんだでラグナは国王として非常に優秀である。
本人の意向はさておいて……。
「はぁ、やれやれ、年寄りをいつまで玉座に据えておくのか……そろそろ国としても新陳代謝というか、新しい風を入れるべきじゃろうて」
「ははは、ご安心を陛下。そんなことせずとも我が国は新しい風を取り入れる気風ですからね。なので、安心して国王をやっておいてください」
例によって国王を辞めたいと呟くラグナだが、それは本当にいつものことであり同じく執務室で書類整理をしている側近たちにとっては慣れたものだ。書類から目を離しこともなく、適当に言葉を返しており、ラグナ自身も単なる雑談のつもりなのか軽くため息を吐いて書類にサインをしていく。
するとそのタイミングで、側近のひとりが一枚の書類を持ってラグナの元にやってくる。
「陛下、三国合同会談の会場に関してですが……」
「ああ、今年はハイドラ王国でやるんじゃったな……やれやれ、今年は三国合同会議もやったんじゃからええじゃろと思わなくも無いが、この手のものは世間に三国間の関係が良好であると示す意味合いもあるからのぅ」
「以前と比べると、いまは国家間の風通しは非常に良くなっている印象ですね」
「……国家の垣根を超えた怪物がおるからの。実際カイト関連でライズ坊やクリス嬢と会う機会も以前より増えたからのぅ。まぁ、副産物的ではあるがよい傾向じゃな」
世界の特異点ともいえる快人の影響で、国家間のみならず三世界間でも以前と比べて交流が活発になった印象はあった。
六王が人界を訪れる機会も増えたことで、魔界に住む魔族が人界に興味を持つことにも繋がり、魔界から人界に観光で訪れる者も増えた。
神族も白神祭以降プライベートで人界や魔界を訪れることが少しずつではあるが増えてきており、特にいままで人界にあまり関わりになっていなかった神などの存在も知られるようになってきた。
そして、人界に関しても快人の影響で経済的にも好景気であり三国間の関係も極めて良好と、もちろん快人本人が意図したことではないが様々な場所に影響を与えていた。
「ただそれはそうと、シンフォニア王国の勢いが凄いからのぅ。この前の教主様が結婚式に訪れて、シャローヴァナル様がブーケを贈ったという話の影響もかなりある。ここらへんで少しハイドラ王国としても威光を示す必要はあると言えるじゃろうし、この会場選びは重要じゃな……なんとか、ライズ坊とクリス嬢の度胆を抜きたいところじゃが……」
「とはいえ奇をてらっても仕方ありませんしね。三国会談なのですから、格式も求められますし……」
「難しいのぅ。まぁ、時間はまだあるからじっくり考えて……」
ラグナがそう言って話を締めくくりかけたタイミングで、執務室のドアが開き少し慌てた様子の文官が中に入ってきた。
「陛下! ミヤマカイト殿からお手紙が届きました!」
「……なに? カイトが手紙を? ううん?」
文官の言葉にラグナは不思議そうに首を傾げる。ラグナも普段から快人とは交流があるが、基本的にハミングバードでのやり取りであり、手紙などを送り合うことは無かった。
クリスのように筆まめな性格ならともかく、ラグナは簡単な要件ならハミングバードで済ませるし、重要だったり長い話なら……自分で直接快人に会いに行って話す。それこそ、つまらない会議などを抜け出すための言い訳に使ったりしつつ……。
「……これはまぁ、ずいぶんと質のいい紙じゃな……なんぞ、重要な案件か?」
初めてとも言える快人からの手紙は、極めて上質な紙であり、封にはニフティのブランドマークにもなっている三つの山がデザインされた印が使用されていた。
どう考えても通常とは異なる事態に緊張しつつ、ラグナは封を開けて手紙を読み……少しして、それまで手に持っていた三国合同会談の候補地選定の用紙を破ってゴミ箱に捨てた。
「へ、陛下!? いったいなにを、それは重要な……」
「ああ、いま中止になったからいいんじゃ……」
「は? 中止?」
三国合同会談という重要な書類を破り捨てたラグナに側近が慌てたように声をかけるが、ラグナは気にした様子もなく視線を手紙に向けたままで淡々と返す。
「……三国合同会議と同じ日程で、カイトが主催で船上パーティを開催するらしい……招待状が同封されておったわ」
「なるほど、中止ですね。いちおう、シンフォニアとアルクレシアにも一報を入れておきます」
「うむ、中止じゃ、どう考えてもこっちの方が重要じゃからな……というか、ワシから言わんでもライズ坊かクリス嬢が中止を要求してきたじゃろうて……」
先ほどまでの焦りはなんだったのか、ラグナから快人の名を聞いた瞬間側近は全てを察した様子で、淡々と三国合同会談の中止に関して必要な書類を用意し始めた。
仕方ないのだ、あまりにも重要度が違う。間違いなく各界のトップが集結するであろうカイト主催のパーティと毎年行われている三国合同会談……比べるまでも無い。
「とにかく、このパーティに関していろいろ考えねばならん! 緊急会議の手配を……」
「もうすでに行っております」
「よし、ワシは先に会議室に向かう。揃っておる者で先に初めておくが、途中入室は自由に許すから時間ができ次第参加せよと各位に伝えておけ」
少し前までのけだるそうな表情からは一変し、国王の顔になったラグナは短く伝えたあとで、会議室に向かって移動していった。
シリアス先輩「K案件による緊急会議……まぁ、ハイドラ王国はなんだかんだでラグナがしっかりしてるので、問題は無さそう」
???「胃痛は引き継がれてないっすからね」
シリアス先輩「そういえばそうだった。胃痛になったラグナは別次元の方か……」