金色の出会い⑤
極めて珍しい事故によって魔界から人界に来たというアリアさんは、どこか当時を懐かしむような表情で語り始めた。
「私は魔界の辺境にある小さな村で生活していた魔族です。単一種だったので両親などはいませんでしたが、村自体が小さくて、村全体で家族のような雰囲気でしたね。私が時空の歪みによって人界に来たのは丁度2000歳ぐらいの時でしたかね」
「その時空の歪みってかなり珍しい事故だって言ってましたけど、頻度的にはどんなものなんですか?」
「1000年に一度起こるかどうかと言ったところですね。さらにそれに誰かが巻き込まれるのは稀ですし、私も同じ経験をした人には会ったことがないので、本当に珍しい例と言えるでしょうね。まぁ、ともあれ、それで偶発的に人界に来て、最初はそこが何処かも分かりませんでしたし戸惑ったのを覚えています。幸い周辺を調べている際に見つけた農村の方々が親切にしてくれたので、割と早い段階で己の状況を知ることができましたね」
確か、あちこちに転移ゲートが出来て魔界と人界の行き来がしやすくなったのが友好条約以降なので、それまでだと人界から魔界に帰るのはかなり難しいと思っていいだろう。
アリアさんはさっき、魔界で生活していた時間と人界に来てからが同じぐらいの期間と言っていたので、人界に来たのはおおよそ2000年前ぐらいということだろう。
「その頃にはアルクレシア帝国という国はなく、私が行きついた農村はヴァルハンド帝国という国に所属している村でしたね。ただこの帝国がかなりの圧政を敷いている国でして、農村の方々もかなり苦しんでいました。本当に成り行きではあったのですが、その際に村に税の回収に訪れた帝国兵を私が退ける形になりました。当時の人界では魔法自体が希少だったこともあって、高位魔族であった私の力は人間と比べると圧倒的でしたから苦も無く追い払うことができましたが……それが切っ掛けで妙な事態に……」
「妙な事態、ですか?」
「ええ、その時には既に帝国に対する不満が民衆の限界に達しようとしていて、革命が起きて……なんというか私も成り行きで、革命軍に加わることになりましたね……というか……なんか率いることに……」
最後の方はあまりにも声が小さくて聞こえなかったが、その革命軍が勝利してできたのが現在のアルクレシア帝国という話らしい。
「まぁ、その後は国が安定するまでは様子を見ていて、それが終わったら魔界に帰ろうと思っていたのですが……なんだかんだで愛着が沸いて、そのまま人界に居つくことになりましたね。もちろん魔界の生まれ育った村にはいろいろと報告に帰って、いまも時折里帰りしていますけどね」
「なるほど……けどなんか、波乱万丈な人生って感じで凄いですね」
「ふふ、状況に流されてばかりだった若かりし頃の未熟な話なので、なんとも気恥ずかしさはありますが……なんだかんだで今の生活は気に入っていますし、よい結果だったと思います……変なイメージが付いてしまったのは誤算でしたが……」
「変なイメージですか?」
「ああいえ、カイト様が私を貴族と間違えたように、メイドとしていろいろ学んでいくうちに自然といろいろ身について、昔の私を知らない方にはカイト様と同じように高貴な生まれと誤解されることも多々ありまして……ええ……なのでこういう店も普段の私のイメージとは合わないので、プライベートな時にこっそり訪れています」
「ああ、でも、その気持ちわかります。俺もなんだかんだで、いろいろ誤解……いや、誤解ではない部分もあるんですが、必要以上に周りに大きく見られていて恐縮しちゃう部分もあります」
見ず知らずの場所に転移してしまったことといい、アリアさんの境遇には結構共感できる部分がある。俺はアリスがいろいろ情報を操作してくれているおかげで、かなり助かっているが……それでも貴族とかにはほぼ顔も名前も知られているという話だし、そういった人たちが集まる場は敬遠していたりもする。
「……ああ、カイト様も有名人ですからね」
「あっ、やっぱり俺のことは知ってたんですか?」
「ええ、メイドとして貴族関連の話題を耳にする機会も多いですし、カイト様の顔や噂も耳にしていました。なので、最初に声をかけられたときには驚いたものです」
「そういえば、最初に声をかけた時ビックリしていた雰囲気でしたね」
「偶然とはあるものだなぁと……ですが、想像以上に話しやすくて、実際にゆっくり話してみなければ人柄というのは分からないと実感しました。六王様や最高神様と知り合いという情報だけだと、王の如く権威ある方という認識になりがちですしね」
「あ~言われてみれば……けど、その誤解が解けたようならなによりです」
たしかに各世界の頂点と懇意とかいう情報だけだとどんな性格とかは分からないか……。
そんな風に思って苦笑しつつ、アリアさんとポテトとナゲットをつなみながら他愛のない会話を続けていった。
アレキサンドラ(本名・アリア)
単一種の魔族でおおよそ4500歳。元々は魔界の辺境の村で生活していたが時空の歪みによって魔界から人界のヴァルハント帝国(後のアルクレシア帝国)に迷い込んでしまう。
たまたま親切な農民に助けられる形で農村に身を寄せ、狩りなどの手伝いをしていたが、横暴な帝国兵により恩人が切り捨てられそうになったためひとりで村に来ていた帝国兵をなぎ倒してしまった。
当時の人界において爵位級に近いアリアの力はあまりにも圧倒的で、その力を見た人たちから『神の使徒』だとか『圧政に苦しむ民を救うために現れた救世主』だとか呼ばれ、あれよあれよという間に革命軍を率いる形になり、ヴァルハンド帝国軍を軽々と打ち破り革命を成功させる。
そして民に乞われ、国が安定するまでという条件で新しい国の初代皇帝になることを了承し、元の名前では威厳がないという理由で、皇帝である間は『アレキサンドラ』と名乗っていた。
真面目で凝り性なので、貴族生まれ等では無かったがすぐにマナーなども完璧に身に着け、生まれ持っての貴族のような上品さと気品を身につけた。
結局100年ほど皇帝を務めたのちに当初の約束通り皇位を退き、100年の間に調整した転移魔法を用いて故郷に帰ろうとしたのだが、なんだかんだでアルクレシア帝国に愛着も湧いていたので故郷の村とアルクレシア帝国を行ったり来たりしているうちに、最終的にアルクレシア帝国に居付くことになった。
皇位に関わる気は無かったが、皇帝の際に身に着けたマナーや知識があったため皇族の教育係などをしているうちにメイドとして働く流れになった。凝り性のためメイドとしての技術もいろいろと極めた結果、自然とメイド長になった。
1000年前の魔王が人界に侵略してきた際には、当時の皇帝から乞われる形で一時的に一軍を預けられて戦線に加わり、アルクレシア帝国の侵略を任されていた魔王軍No2の子爵級高位魔族と大規模な魔族の軍勢を一進一退の激しい攻防の末に打ち破っているが、そちらの戦いに時間がかかり過ぎたためにノインたち勇者パーティとはほぼ関わっていない。
この時代ぐらいまでは皇族のみに受け継がれる資料で、彼女が初代皇帝であり一種の国の守護者のような立場であることは伝わっていたが、800年前の皇位継承権を巡る内乱によりその資料は消失しており、本人が語る気も無いことも相まって初代皇帝であるというのは一種の都市伝説のようなものになった。
七つの声帯を持つと言われ、声や音を使って戦闘を行う。声も自在に変えることができ、初代皇帝になった際に威厳があるようにとクールで凛とした雰囲気の声に変えているが、地声はアリアとして快人と話している声である。
ONとOFFをキッチリ切り替えるタイプであり、働いている時はアレキサンドラとして完璧なメイドを目指して日々精進しており、休暇などには素のアリアに戻って趣味の散策などをしている。
アレキサンドラが技のスーパーメイドと呼ばれたり、極めて高貴な存在と認識されていて普段は素を出せないのには困りつつも、ある程度慣れている。
好物はフライドポテト、OFFの際の趣味は小旅行と散策、性格的にはOFFの時が素で優しく穏やかなのだが、アレキサンドラとして働いている時はスーパーメイドらしい振る舞いを心がけている。