勇者と定食屋⑩
ほどなくしてオリビアさんが到着し、香織さんの店の中には友好都市教主であるオリビアさん、初代勇者であるノインさん、異世界人である俺と香織さんというなんとも不思議な組み合わせになった。
気になるのはノインさんとオリビアさんの関係であり、俺と同じように香織さんも気になるのか入ってきたオリビアさんと店内のノインに交互に視線を動かしている。
「ご無沙汰しております、オリビア様」
「クジョウヒカ……失礼、いまはノインでしたね。千年ぶりでしょうか? お久しぶりです」
まずは互いに簡単に挨拶を行う。ノインさんが友好都市に寄り付かず、勇者祭にも参加しない関係上ふたりは千年ぶりの会合となるわけだし、積もる話もあるだろう。
特にオリビアさんは初代勇者を称える都市のトップでもあるようだし、様々な思いが……。
「では、失礼します……ミズハラカオリ、今日は開店前に申し訳ありません。そして、改めましてミヤマカイト様、またこうしてお会いできたことを嬉しく思います。挨拶に赴くのがやや遅れたことを謝罪いたします」
「え? あ、いえ、こんにちは、オリビアさん」
と思ったら、軽く会釈したあとで即刻話は打ち切ってこっちに来た!? いちおう香織さんにも一言声をかける辺りは、流石真面目なオリビアさんというべきだろう。
「今日もご健康そうな様子で、とても喜ばしいです。ミヤマカイト様が訪れてくださると、友好都市の空気も少し明るくなるような気がして、不思議ですね」
「そ、それは大袈裟な気が……」
「いえ、決してそのような……ああ、そういえば話は変わってしまいますが、ミヤマカイト様が立ち上げた紅茶ブランドが好調であると私の耳にも届いております。とても喜ばしいことです。やはりミヤマカイト様ほどのお方となれば、どの分野に進出しても大きな結果を残せるのですね」
キラキラとした「尊敬しています」という意思が籠った目でこちらを見ながら話すオリビアさんは、なんというか以前より表情が豊かになっている気がする。
香織さんの店にはたびたび訪れて仲良くしているみたいだし、それも相まって人間味が増してきているというか、いい変化をしてきているように思える。
ただ、若干今は緊張しているの感じもする。オリビアさんは緊張している時に普段にもましてこちらを褒めてくるので、なにかしらの事情があるのかもしれない。
「……私たちふたりに対する時と熱量が全然違う。というか、あえて快人くんへの挨拶を最後にしたのは、一番長く話すからか……安定のオリビア様だなぁ」
「むしろ私は驚きましたね。ほとんど話さない物静かな方だと思っていましたが、想像よりも饒舌ですね」
「いや、快人くん以外にはノインさんの想像通りの感じで、淡々としたクールな方ですよ。快人くん関連の時だけ、別人みたいに表情とか感情が豊かになりますね」
「なるほど」
「……でも、今日はちょっといつもより緊張してるみたいな気がしますね。快人くんに会ったからでしょうか?」
香織さんはオリビアさんが店の常連であることもあって、結構オリビアさんに関しては分かっているようですで、俺と同じようにオリビアさんの様子から緊張を感じ取ったみたいだ。
「緊張ですか? 軽快に会話をされているように見えますが……」
「う~ん、それでも口数が多いっていうか、なにかを意識して……あっ……そっか……」
「なにか心当たりが?」
「あるにはあるんですけど、ちょっと複雑な事情なのでこれを私の口から言うわけには……すみません」
どうやら香織さんにはオリビアさんの様子に心当たりがあるみたいだが、口にする気はないようで内容は不明のままだ。
不思議に思いつつも、俺は目の前のオリビアさんに声をかける。
「オリビアさん、もしなにか困ってることがあればいつでも言ってくださいね。俺に協力できることは少ないかもですが、いつでも力になるので……」
「ありがとうございます。ミヤマカイト様の優しさは曇天を切り裂く陽光の如く神々しく輝いています。その慈悲の光に触れたいという思いも確かにありますし、きっとお優しいミヤマカイト様は陽だまりのような温もりで受け止めてくださるのでしょうが……申し訳ありません。困りごとというわけではなく、若干の意識の問題というか、いまはまだご容赦願います。しっかりと覚悟と想定を決めたのちにお伝えしますので」
「あ、はい。分かりました」
相変わらず大袈裟すぎるほどにこちらを褒めたたえつつ、いまは無理だが後にちゃんと話すと言ってくれた。見たところ深刻な感じでは無いし、事情を知っているであろう香織さんも優しみの籠った微笑みを浮かべているので、たぶん大丈夫な気がする……気にはなるが、これ以上は触れないでおこう。
シリアス先輩「ああ、快人に対するデートプランが固まり切ってなくて、現状はデートには誘えないけど、いずれ誘う時のことを想像して緊張してた感じか……」