勇者と定食屋⑦
日本の食材について話したあとも、やはり話題は日本関連の話だった。ノインさんが優しい性格で話しやすく、なおかつ同郷ということもあって香織さんはとても楽しそうである。
「そういえば、界王陣営の幹部の七姫の中に桜花姫って方が居ますよね。ってことはつまり、桜もあるんですよね?」
「ええ、ブロッサムさんは桜の精霊ですね。リリウッド様が私から桜の話を聞いて興味を持ったようで、新しく桜の木を作り出したので、主にリリウッド様の治める中央大森林に生えていますね」
「ブロッサムさんと言えば、日本文化が好きですよね」
「……そうですね」
俺の言葉を聞いてなんとも微妙そうな表情を浮かべるということは、ノインさんもブロッサムさんのややズレた日本知識に関して知っているみたいだ。
あれ? でも、だとするとノインさんとブロッサムさんは知り合い……なら、ノインさんが正しい知識を教えていても不思議ではない。というか、ブロッサムさん的にはノインさんは異世界の文化をよく知る相手なんだし、積極的に絡んでもおかしくはない筈だ。
「ブロッサム様って、どんな方なんですか?」
「…‥素直で真っ直ぐないい人ですよ。ええ、間違いなく……ただ、その、少し思い込みが激しいというか……一度こうだと思い込むと、前のめりになってしまって人の話を聞いてくれないというか……あの人、私のことも『同じ異世界マニアの同志』だと思い込んでますからね」
「え? そうなんですか?」
「ええ、ブロッサムさんはそもそも私より年下なので、人間だった頃の私を知りません。だからかもしれないですが、元異世界人であるということを話しても『そういう設定』と思い込んでいる節がありまして……『奇遇ですね! 拙者もサムライです!』とか、そんな風に返してきますね」
なんか滅茶苦茶その光景が頭に思い浮かぶ。そうなんだよなぁ、ブロッサムさんは間違いなくいい人で、素直で真っ直ぐな性格をしているのだが、本当に一度思い込むと一直線過ぎるところがある。
俺のことも未だに「サムライマスター」だと思い込んでるし、訂正の言葉はまったく届いていなかったので、ノインさんもたぶん同じ感じで押し切られたのだろう。
「まぁ、そもそも私のように人間から魔族に肉体を変化させた前例……というか、別の種族に変質する前例が極めて少ないので、分かる部分もあるんですけどね」
「そういえば、さっきの説明では初代勇者って部分に驚きすぎてサラッと流しましたけど、ノインさんは魔族に転生したんでしたっけ……やっぱり相当難しいんですか?」
「姿などや特性が変化しても構わないというのであれば、高等技術ではありますがそこまで難しくはありません。ただ、私のように人間としての性質を維持して容姿などもまったく同じまま体の造りだけを魔族に変化させるのはかなり難しいです。種族によって魔力波長は違ってくるので、本当に細かな部分まで完璧な調整をしないとどこかに異常が出てきてしまうらしいです。クロム様のように、深い魔法知識と超精密な魔力操作などがあって初めて可能というレベルですね」
やっぱり種族を変えるというのはかなり難しいみたいだ。リリアさんたちに話した時もかなり驚いていたみたいだし、納得はできる。ただ、ノインさんの口ぶりだと姿とか性質に拘りさえしなければ、できることはできるっぽい。
ただそれってつまり、化け物みたいな外見になってしまう可能性とかあるわけだし、やっぱ難しいのか……。
「特に他者に行うより、自分で行う方が遥かに難しいですね。己の体を造り変えるのは手順を間違えたり、僅かでも魔力の操作が狂えば失敗してしまうでしょう……そうですね。例えば、快人さんの持つ感応魔法のように『極めて正確に魔力を把握する能力』と、それが行えるだけの『桁外れに膨大な魔力』、そしてリリア公爵のような『類まれなる才能』がアレば、己が望む姿、種族に生まれ変わることもできるかもしれませんね」
「……そういえば、アイシスさんのところのウル……ウルペクラって子が、自分の体を造り変えようとしてるんですけど……やっぱり危険だったりしますか?」
「う~ん……どの程度の変化かによりますね。姿かたちを変えるぐらいなら、そこまで難しくは無いと思いますが……まぁ、アイシス様が容認しているのであれば問題は無いと思います。アイシス様は世界でも屈指の魔力操作技術を持つお方ですし、深い知識も相まってクロム様と同じように他者の種族を変えたりということもできるでしょうから、危険そうなら間違いなく止めるでしょうしね」
「なるほど、それならよかったです」
ウルが俺やアイシスさんのような姿になりたいと考えて勉強を頑張っているのは聞いているので、ノインさんの話を聞いて少し不安になったが、確かにアイシスさんが付いているなら大丈夫だろう。
シリアス先輩「ちなみにウルペクラって、どんな風に自分造り変えようとしてるの?」
???「人間と魔族のいいとこどりみたいな感じで、いわば人間の成長性を持った魔族になろうとしていますね。本人としてはカイトさんとアイシスさんの双方の性質を受け継いだ状態になりたいみたいです。流石に難しくてリリアさんに並ぶレベルの才能があっても苦戦している様子なので、まだ数年はかかるでしょうけどね」
シリアス先輩「逆に言えば数年で行けるのか……」