勇者と定食屋⑤
ドヤァクエイクで揺れたのはどうやらこの店の中だけみたいで、外が騒ぎになっている様子はない。それに店内も食器や調味料などにもまったく異常は無かった。
もしかしたら俺たちが揺れたと感じただけで、一種の幻覚のような感じなのかもしれない……まぁ、シロさんがやることなので、どんな不思議パワーが働いていてもおかしくはないが……。
「……とりあえず気を取り直して、実は今回ノインさんを連れてきたのにはもうひとつ目的があるんです」
「ふむ、といいますと?」
「いえ、ノインさんは日本の食材……正しくは、この世界にある日本の食材に詳しいので、香織さんの助けにもなるかなぁって……ほら、香織さんが前にいくつか見つかってない食材もあるって……」
「あっ、うん。確かに、いろいろ教えてもらえると助かるかも……」
今回ノインさんを香織さんの店に連れてきたのは、もちろんノインさんに日本の料理を楽しんでもらうためというのもあるが、もうひとつは香織さんの食材探しのヒントになればと……そう思ったからだ。
ノインさんは日本食にかなり拘りがあり、かつての旅の日記を見る限り日本の食材をいろいろ探していたようなので、俺や香織さんの知らない食材を知っていても不思議ではない。
「なるほど、確かにその辺りの知識には自信がありますね。このトリニィアに存在する日本の食材に関しては、かなり知っているつもりです」
「ちなみに、香織さんは柚子とすだちを持ってるので、ノインさんの方にも得が――」
「なんですって!? 本当ですか!!」
「――え? あっ、はい。エデンさんに貰ったらしいです」
俺の言葉に明らかに驚愕した表情を浮かべてるってことは、やっぱりこの世界には柚子やすだちは無いってことか……。
「ノインさんがその反応ってことは、やっぱりこの世界にって柚子やすだちは無いんですか?」
「ええ、私の知る限りは存在しませんね。近いものはあるので、私もいままではそういったものを代替えとして使っていました……例えば柚子だと、こちらの果実が比較的近いですね」
香織さんの質問に答えつつノインさんはマジックボックスの中から、なにやらメロンのような大きさの果物を取り出した。
「…‥かなりのサイズですね」
「そうなんですよ。でも味や香りはこれが一番近いんですよね……まぁ、微妙に違いますが」
「言われてみれば、柚子っぽいような……ちょっと違うような香りですね」
香織さんと一緒にノインさんが出した果実の匂いを嗅いでみるが、確かに言われてみれば柚子っぽいような気もする匂いではある。ただ、言われないと分からないかもしれないというほどには、微妙に違う。
「香織さん、是非柚子とすだちを譲っていただけませんか? ひとつあれば、ラズ様なら栽培できると思い案すので……もちろん、お金はお支払いします」
「あっ、お金とかはいいですよ。いっぱいありますし、毎日5個ずつ生るので……その代わりといってはなんですが、松茸を手に入れる方法ってあります? クロムエイナ様から存在するってのは少し聞いたんですが……」
柚子とすだちを譲る代わりに香織さんが口にしたのは、松茸に関してだった。松茸、いいなぁ……そういえば、ランツァさんが松茸を持っているんだっけ?
カミリアさんがいつでも取り次いでくれるって言ってだけど、まだ交渉はしてない。
「正直、手に入れるのはかなり難しいですね」
「あっ、やっぱりコネが無いと難しいですか?」
「ええ、名称は違いますがニードルツリーと呼ばれる木が、私たちの世界で言うところの赤松にあたるのですが、魔界の辺境に生えてはいます……ただその地を治める精霊が、かなり出荷する数を絞っているので、年に数本しか出回らないんですよ」
カミリアさんと話した時はそんな感じではなかったが、やはり希少なのだろうか?
「クロもツテが無いと手に入れてるのは難しいって言ってましたけど、やっぱりそれは市場価値を保つためですか?」
「いえ、そうではなく、精霊族は金銭に頓着しないものが多いといいますか、リリウッド様がそうであるように必要なだけの金銭があればいいという考えのものが多く、年に必要な金銭を得る最低限の数しか市場に出さないんですよ」
「なるほど、じゃあ交渉して譲ってもらうしかないんですね」
「それが出来れば一番いいのですが、かなり強いコネが無いと難しいですね。というのもニードルツリーの生えている森は、槍枝樹の精霊たちが守る森なので、槍枝樹の精霊に許可を取らねばなりませんが……槍枝樹の精霊たちは閉鎖的で、あまり外と交流を持とうとしませんからね……あ~でも、たしか100年ほど前に新しく長になった精霊は、上昇志向が強く外とも関わりを持とうとしているという話は聞いた覚えがありますね」
やはりというか、クロから聞いた通りノインさんはあまり松茸に関心は無い様子で、淡々と説明している。
「なるほど……じゃあ、やっぱり快人くんに頼むのが1番みたいですね」
「いくら快人さんでも知り合う動線が無いと難しいかと……」
「あっ、いやその……すでにそのトップらしき方と知り合いです」
「……」
そんな俺の言葉を聞き、ノインさんは突然宇宙に放り出された猫のような表情を浮かべていた。
シリアス先輩「あれ? 精霊族って基本的に年数経過で強くなるんじゃなかったっけ?」
???「いえ、伸びが極めて悪いだけで鍛錬とかでも成長しますよ。あと、時間経過の成長に関しても才能によってどこで頭打ちになるかが違いますから、ランツァさんは才能に恵まれていままでのトップを越えて新しいトップになった感じですね」