勇者と定食屋④
心底美味しそうに定食を食べ終えたノインさんは、食後に香織さんが出してくれた温かいほうじ茶を飲みながら穏やかに微笑みを浮かべる。
「大変素晴らしい料理でした。ここは良い店ですね。また食べに来たいという思いはありますが、場所がネックですね」
「気に入ってもらえたなら嬉しいです。場所……ああ、友好都市だとノインさんのことが知れると大騒ぎですよね。あっ、じゃあ、来る時は自然に連絡してもらえれば店を開けてない時間とかでも大丈夫ですよ。それなら他のお客さんと会うこともないかと……」
「それは、気遣いは嬉しいですが迷惑に……」
ノインさんは香織さんの料理を気に入ったみたいでまた来たい様子ではあるが、やはり場所がネックになっている感じだ。
ノインさんは認識阻害魔法が苦手ということだし、変装して姿を誤魔化すにも限界が……。
(ああ、そういえば、忘れていました)
うん? シロさん? 急にどうしたんですか?
(以前快人さんに頼まれていた認識阻害の道具に関して、約束の本格的な温泉旅行はまだですが、いちおう前回の建国記念祭で一緒に温泉旅館には泊ったので、先に渡しておきましょう……『二個いりますか?』)
これは、まさかの助け舟である。俺の願いを汲んでノインさんに配慮した提案をしてくれるあたり、本当にシロさんの精神面での成長を感じるし、なによりそうやって気遣ってくれるのが嬉しい。
ありがとうございます。シロさんさえよければ、是非二個いただきたいです。
(分かりました。では、どうぞ)
そんな言葉が聞こえるとともに俺の両手にそれぞれ眼鏡ケースのようなものが現れた。そしてそれに触れた瞬間に、中身の使い方も頭に流れ込んできた。
「……あの、ノインさん。よかったらこれをどうぞ」
「これは……おや? 眼鏡ですか?」
「ええ、シロさんから貰ったもので、それをかけると自動で認識阻害魔法が発動する上、通常のものよりかなり強力で眼鏡をかけた段階で既にノインさんと面識がある人以外は、爵位級であっても気付けないレベルだそうです」
「……当たり前みたいに、創造神様から貰ったとかって言葉が出てきてる、怖い……聞かなかったことにしよう。私はなにも聞いてない。後片付けに忙しくて聞いてない……」
シロさんがくれた眼鏡は権能に近い力……つまり魔法の上位といえる力が宿っており、眼鏡をかけるだけで常時認識阻害魔法を纏っている状態になり、ごく普通の人としか認識されなくなる。
ただ融通は効くようで、眼鏡をかけた時点で交流がある相手に関しては対象外になるため、知り合いに気付かれないというような心配もない。この辺りは、元々俺が使うことを想定して用意してたから、それに合わせて配慮してくれた感じらしい。
ただし、眼鏡ケースに入れて念じることで認識阻害が発動する対象を「全員」「知り合い以外」「家族や親しい友人以外」の三パターンに切り替えることもできるみたいなので、かなり融通は効く……というか、滅茶苦茶高性能な逸品である。
「……そ、それは、大変素晴らしい品なのですが、そのようなものを私が頂くわけには……」
「ああ、いえ、俺用のもあるというか、元々俺が欲しいって言って作ってもらったもので、シロさんが気を利かせてもうひとつ用意してくれたみたいなので、このタイミングで渡してきたことも含めて俺がノインさんに渡す前提で用意してくれてますので、遠慮せず受け取ってください」
「ありがとうございます、快人さん、シャローヴァナル様。大切に使わせていただきます」
本当にノインさんにとっては色々行動しやすくなるアイテムだろうし、若干の恐縮は感じるがそれ以上にとても嬉しそうな感じがする。実際、ノインさんは認識阻害魔法を苦手とすることで困った場面も多かっただろうし、今回の件である程度不自由さが解消されてくれたのなら嬉しいところだ。
それもこれも、シロさんの気遣いのおかげである。シロさん、本当にありがとうございます! 旅行とは別にまた、なにかお礼をさせてくださいね。
「え? なっ、地震!? あれ? でも、窓の外は特にそんな感じは……この店だけ揺れてるの!? え? でも、棚の上の調味料とかも全然揺れてないし、どうなってるの!? 後なんか気のせいかな? ドヤァァァって音が聞こえない!? 地震ってこういう音だったっけ!?」
あ~うん。シロさんには本当に感謝しているんだけど……ドヤァクエイクはやめてもらう方向で……香織さんが混乱の極みみたいな顔してるし……。
【シャローヴァナル は ドヤァクエイク を 唱えた】
【ドヤァ の 響き が 大地 を 揺らす】
【香織 は 混乱している】
【快人 は 遠い目 を 発動した】
【ノイン は スーパー認識阻害眼鏡 を 手に入れた】