勇者と定食屋③
ノインさんがアッサリ初代勇者であることを伝えたため、香織さんはかなりダメージを受けていたようだ。しかし、香織さんは切り替えがかなり早い方であり、少しすると立ち直った様子でノインさんに声をかけた。
「えっと、ノインさん……ノインさんの正体に関しては、誓って秘密にしますので! これでも私、ちゃんと口は堅いですから!」
「ふふ、そんなに気負わなくても大丈夫ですよ。九条光が生存していることに関しては、ハイドラ王国の建国記念祭で知れ渡ってますし……九条光がこの世界にいるということ辺りは、うっかり喋ったりしても問題ないですよ。もし仮にバレたとしても、名目上の話であれば私はどこの陣営にも所属していませんからね……実質はクロム様の配下といっていいポジションですが……いくらでも誤魔化しや融通は効くんですよ。実際私も割と気にせずに、自由にあちこち行ってますしね」
そういえば、クロのところはあくまで配下とかではなく家族であり、ノインさんがクロの配下というわけではない。
あくまでこの世界で身寄りのないノインさんと引き取って家族として向かい入れているだけであり、実情はどうあれ、冥王陣営が特殊なこともあって言い訳は立つわけか……。
あとよくよく思い出してみれば、宝珠祭だとか白神祭だとか建国記念祭だとか、そういう行事ごとには結構しれっと参加してるので、行動の制限はほぼ無さそうな気もする。友好都市に関しては本人が嫌で足を運ばないだけだし……。
「ノインさん、香織さん、話すのもいいですがせっかくですし……」
「あっ、そうだよね! ノインさん、快人くん、カウンター席にどうぞ」
俺の言葉を聞いて、香織さんが明るい表情を浮かべて俺とノインさんと席に案内してメニューを渡してきた。そしてメニューを一目見たノインさんは、目を輝かせ興味津々と言った表情に変わる。
「……素晴らしいですね。どれも美味しそうです。知らない定食などもあって悩みますが、ここは王道で焼き鮭定食をお願いします」
「じゃあ、俺も同じもので」
「は~い。焼き鮭定食ふたつ、少々お待ちくださいね~」
注文を受けた香織さんは手際よく料理を始め、ノインさんは店内を見渡しながらどこか感心した様子で頷く。
「落ち着いたいい店内ですね。随所に拘りが感じられて、素晴らしいです」
「あ、分かりますか! そうなんですよ。内装には結構拘ってるんですよ~」
香織さんの店、水蓮の店内はこれぞ定食屋という感じの作りではあるが、異世界では結構珍しい雰囲気だ。純和風の店内というのもそうだが、メニューなども含めて結構拘って作っている感じはある。
実際ノインさんの言葉通り拘りがあったみたいで、褒められた香織さんは嬉しそうだった。
そうしてしばらくして、焼き鮭定食が登場し、ノインさんは手を合わせて「いただきます」と告げたあと、綺麗な動作で食べ始め……すぐに箸を止めて、なにやら感動したような表情を浮かべた。気のせいか目には薄っすら涙が浮かんでいるようにも見える。
「……これです。こういうのが食べたかったんです」
「凄い感動してますね。でも、クロのところって普段も和食が多いのでは?」
「ええ、その通りです。その通りではありますが……いえ、贅沢な悩みとは自覚しているのですが、ちょっとこう、違うのです」
クロが箸の扱いに慣れているという話が出た時に「朝食は大体和食」と言っていたことからも分かるが、普段クロの居城では和食が出ることが多い。アハトたちが言うには、ノインさんの強い希望らしい。
俺の言葉を聞いたノインさんは、どこかバツの悪そうに視線を逸らしつつポツポツと話し始める。
「いえ、クロム様の居城で食べる和食は本当に素晴らしい味です。作っているのはアイン様ですし、どれもまさに至高というべき味わいなのですが……その……どれも洗練され過ぎていて、料亭だとか高級旅館の食事を食べている気分で……いや、もちろん美味しいのですが、こう、家庭的な感じといいますか……完璧じゃないという言い方は失礼ですが、こういう素朴な美味しさに飢えていたんです」
「……あ~たしかに、アインさんなら本当に究極のレベルで洗練された料理にするでしょうし、妥協とかは絶対しない方ですからね」
「はい。なので、日本の家庭料理という雰囲気を感じられるこの料理は、古い思い出を刺激するようで感動します。自分で作るのではなく、他人が作ってくれたからこその温かみといいますか……本当に素晴らしい気分です」
「あ、あはは、そこまで行ってもらえるとこっちも嬉しいです。私が定食屋を始めたのも、同郷の人たちに故郷の味を思い出してほしいからってのがありますしね」
完璧……100点の味ではないが、だからこそ家庭的な温もりを感じられる香織さんの料理は、ノインさんの心にくるものだったらしく、そのままノインさんは本当に美味しそうに定食を食べており、それを見る香織さんもどこか幸せそうな様子だった。
シリアス先輩「常連になりそうな雰囲気出してる」
???「まぁ、ノインさんにとっては場所が最大の壁ですけどね」