勇者と定食屋②
ノインさんを香織さんの元に連れて行くのは、前々から考えていたことではあるのだが、ここでネックになるのがノインさんの正体が初代勇者であるということである。
香織さんは友好都市に住んでいるわけだし、銅像とかもあるらしいのでノインさんの顔を見れば正体に気付く可能性がある。
だが、かといって俺が先に伝えておくというのも……デリケートな問題だけに難しい。
「香織さんは一般人なので、たぶんノインさんがあまり得意ではないと言っていた認識阻害魔法でも大丈夫だとは思うんですよ」
「そうですね。髪型や色を変える魔法具もありますし、短時間であればまず気付かれないでしょうね」
「ええ、なので、その状態で訪ねて……実際に香織さんを見てみてください。俺は香織さんは信頼できる人だと思っていますが、ノインさんがどういう印象を受けるのかは分からないので、その辺りの判断は一任します」
「分かりました」
なので俺が考えたのは、認識阻害等の気付かれない対策をした上で一度会ってみてもらうということだ。香織さんには同じ異世界出身の人を連れて行くと話しているし、開店前の時間に特別に店に入れてもらえるように頼んでいる。
そこで、ノインさんが香織さんが信頼できる相手で正体を明かしても大丈夫と思えば伝えてもらって、そうでなければ認識阻害を継続してもらえればいいと思う。
「……まぁ、別に私はそこまで強硬に正体を隠しているわけではないので、快人さんが伝えていたとしても問題はありませんが、せっかくの気遣いですのでありがたく頂戴いたします」
「はい。それじゃあ、そんな感じで……行きましょうか」
仮に俺が香織さんにノインさんの招待を伝えたとして。初代勇者の生存だけはハイドラ王国の建国記念祭で判明しているわけだし、なんらかの感じで噂が広がって騒ぎになりそうだったりしたらアリスとかが情報規制に動きそうではある。
まぁ、だが、ノインさん本人に判断してもらうのが確実だろう。仮に正体を伝えることになったら香織さんは驚くと思うので、そこだけは本当に申し訳ないが……流石に初代勇者関連の問題はデリケート過ぎて、勝手に歓談をするわけにもいかないので許して欲しい。
そんなことを考えつつ、転移魔法具を使って事前に約束を取り付けていた香織さんの店に移動した。
店内に入ると、事前に話をしておいたおかげか香織さんが笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい、快人くん! そちらが、話に出てた人間から魔族に転生したっていうノインさんって方だよね? 初めまして、水原香織です」
「初めまして、同郷の方とこうして会えて嬉しいです。日本人だった頃の名前は九条光、現在はノインと名乗っています。以後、お見知りおきを……」
「こちらこ……そ……よ……………‥へ?」
「ノインさん!?」
そして、ノインさんとの顔合わせとなったのだが、驚いたことにノインさんはすぐに甲冑の兜を消して素顔の状態で香織さんに挨拶をした。わざわざ九条光であると名前を告げた上で……。
香織さんが唖然として、俺が驚愕しているとノインさんはこちらを向いて軽く微笑みを浮かべた。
「いろいろ気遣ってくださったのを無に帰して申し訳ありません。ですが、快人さんの信頼する相手であれば、私も同様に信頼を持って接したいと思いますので、推し量る様な真似はせずに最初に伝えておくことにしました」
「あ、そうなんですか……いえ、ノインさんがそれでいいならまったく問題はないです」
「………………はひぃ」
「か、香織さん!? 大丈夫ですか!?」
ノインさんからの深い信頼を嬉しく思っていると、香織さんが力が抜けるような呟きと共に床に頽れたので慌てて駆け寄る。
「……だいじょばない……これ、アレだよね? つまりは、そういうことなんだよね?」
「ええ、その、驚かせてすみません」
「いや、うん。分かる……さっきまでの話の流れもそうだし、私だって馬鹿じゃないからコレをそう簡単に伝えるわけにはいかなかったってのも分かる。流石に、これで快人くんを責めることはできない……出来ないけど……もぉぉぉぉ!? 君はもうちょっと加減してよぉぉぉ!! ここ数ヶ月でうちの店にビックネームが来すぎなんだよぉ!? せめてもうちょっと間隔を……時間を空けてよ!! 頭では事情を理解してても、胃の痛みは消えないんだからぁぁぁぁ!?」
やむに已まれぬ事情と理解しつつも、それでも苦言は呈したいという感じで、半泣きの香織さんの絶叫が店内に響いていた。
シリアス先輩「まぁ、ノイン周りというか初代勇者周りの事情はややこし目だし、勝手に話せないという気持ちは分かる。分かるが、別に胃痛が消えるわけではないと……」
???「ノインさん自身は別に断固として隠してるとかってわけではないですし、実際にバレてもクロさんの庇護下にありますし、私も対処に動くので担ぎ上げられて大事になったりはしないですが……世間への影響度で言えば、六王や最高神も超えるレベルなので気遣う気持ちも分かりますね。まぁ、結果として香織さんは胃にボディブロー喰らってますが……」