アニマとの海水浴①
割り当てられた寝室に入ったアニマは、マジックボックスからパジャマを取り出す。以前は寝る際にはなにも着ずに寝ていた彼女だったが、快人から説得され……パジャマをプレゼントされたことで、現在は普通にパジャマを着て寝ている。
(今日は、本当に素晴らしい一日だった。ご主人様とずっと一緒で、たくさん話をして一緒に風呂に入って……思わず頬が緩む……いや、そもそもの発端は自分の体調管理不足ではあるので、そこは猛省すべきだが……うぅ、駄目だ。ご主人様と一緒で幸せという気持ちに全部上書きされてしまう)
今日だけで何度か同じ自問自答をすることになっているが、やはりどうしても申し訳ないという気持ちよりも幸せな気持ちが勝ってしまい……それに関しても罪悪感を覚えるものの修正は難しいという状態だった。
実際いま着替えて寝る準備をしていても、どうしても頭に思い浮かぶのは反省の念ではなく快人と一緒で幸せという気持ちだ。
(明日もご主人様と一緒に過ごせる。前回の海水浴の際には、自分は恋人の中でも新参でありシャローヴァナル様やアリス殿、クロムエイナ殿というそうそうたる面々が居たので、どうしても遠慮という気持ちは湧いてきてしまった。無礼講で構わないとは言われたものの、それでも意識してしまう部分はあった)
アニマは特に様々な分野で目標としているアリス、実質的な師に当たるクロムエイナ、己を転生させてくれたシャローヴァナルに対しては強い畏敬の念を持っており、特にシャローヴァナルへの信仰心は深いため、恋人が集合していた前回の海水浴のような場では、意識しない方が無理という話だった。
だが、明日はプライベートビーチで快人と海水浴であり、ふたりきりのため前回よりのびのびと楽しむことができるだろう。
(ご主人様とふたりきりというだけでも望外の幸福だが、今日のようにいろいろと自分を気遣ってくださる様子には、申し訳ないという気持ちも強く感じつつも……やはり大切にされて嬉しいという気持ちが強い。むしろ先ほどまでずっと一緒だったせいで、いまは少し寂しさを感じるぐらい……っ!? いかん! これ以上ご主人様に迷惑をかけてどうする!! ここは、しっかりと睡眠をとり明日を万全の状態で迎えること……そのためには早々に眠りにつくとしよう)
僅かに感じる寂しさを振り払って、パジャマに着替えたアニマは布団に入り照明魔法具を切る。明日の快人との海水浴を楽しみにしながら、静かに眠りに落ちていった。
心地よいまどろみの中から意識が浮上していく感覚と共に、アニマは目を閉じたままでぼんやりと思考を巡らせる。
(ああ、朝か……やはり疲労が溜まっていたのだろうか? かなり深く眠っていたようで、まどろみが心地よく目を開けるのが少し億劫に感じる。包み込まれるような温もりも心地よく、最愛のご主人様の匂いを感じながらのまどろみのなんと幸福なことか……幸福な……あれ? ご主人様の……匂い?)
少しずつ意識が覚醒してきて、アニマはすぐに違和感に気付く。獣人型魔族である彼女の鼻は非常によく、当たる前ではあるが最愛の存在である快人の匂いを間違えるはずがない。
だが、そうなるとおかしい。彼女は快人とは別々の寝室で眠ったはずであり、快人の匂いがするわけがない。それだけでななく、なんというか布団の中が温かいというか……人肌のような温もりを感じており、アニマは戸惑いつつ目を開け……目の前で眠る快人の顔を見て思考が真っ白になった。
「――!?!?!?」
思わず飛びあがりそうな驚愕ではあったが、それでもギリギリのところで『眠る快人を起こしてはいけない』という思いが働き、アニマは叫びそうだった声を呑み込んだ。
だが、叫んで飛びあがるのを抑えたからといって状況が理解できるかと言えば、当然理解はできない。
(ご、ごごご、ご主人様!? な、なな、なぜ自分の布団に!? まさか、寝室を間違えて……いや、そんな馬鹿な? 眠っていたとはいえ、誰かが寝室に入ってくる気配……ましてやご主人様の気配に気付かないまま眠っていたなどと、そんなことがあり得るのか?)
混乱する頭で必死に考える。アニマは伯爵級に匹敵する実力を持つ世界でも上位の強者であり、いくら疲労が溜まっていて熟睡していようとも、部屋に誰かが入ってくるのに気づかないなどあり得ないと言える。
さらに言えば、最愛の快人が近づいてくる気配に気付かないなどあり得ないと断言できるほどではあるが……そのあり得ない事態が起こっているので、まったく理解が追い付かなかった。
混乱しつつもそれでも快人を起こさないように、アニマは慎重に視線を動かし……あることに気付いた。
(……あれ? 窓の位置が……違う? 自分の部屋は、ベッドから見てあちらの方向に……あれ? では、ここは自分の部屋ではなくご主人様の部屋で……ということは、自分がご主人様の部屋に侵入して布団に潜り込んで……えぇぇぇぇ!?)
驚愕の事実に気付きつつも、それでも叫ばなかったのはひとえに快人を想う気持ちの強さゆえだろう。まぁ、それはともかくとして、アニマの頭の中が再び真っ白になったのは言うまでもないことである。
???「ふぅ」
マキナ「あれ? どっかいってたの?」
???「ええ、恋のキューピットとして、ちょっと一仕事終えてきたところですよ……で、貴女はなにしてるんですか?」
マキナ「あっ、いちおう念には念を入れて固形チョコレートになった時のために、砕いたり溶かしたりする道具を用意してるんだよ」
???「……あっ……そうっすか……ううん???」