頑張り屋に休息を⑧
桟橋に腰かけ、夕日に照らされてキラキラと光る海を見つめる。恋人とふたりっきりというシチュエーションも合わさって、非常にロマンチックだ。
とはいえ、今回の一番の目的はアニマの慰労なので、恋人同士いちゃつくよりもアニマがリラックスできるかどうかが最優先だ。
綺麗な景色は見ていて癒されるものだし、海風が心地よいのでいい感じにリラックスで来てたらいいなぁと、そう思いつつアニマの方を見ると……リラックスというよりは、興味深そうな表情を浮かべていた。
「……アニマ? なにか気になることでも?」
「ああ、いえ、海をあまり見たことがないので、少し物珍しさがあるといいますか……以前は昼だったので、夕方の海も美しいものですね」
「あっ、そっか、アニマはリグフォレシアの森出身だから、海をほとんど見たことが無いのか……」
「はい。最初に見たのは、六王祭に向かう際に転移ゲートから遠目に見た時ですね。それ以降もあまりシンフォニア王国の首都から出ることは多くなかったので……新鮮な気持ちです」
アニマは元ブラックベアーであり、以前はリグフォレシアの森に住んでいた。リグフォレシアから海は相当遠いし、同様にシンフォニア王国の首都からも海へ行くにはかなりの距離がある。そう考えると、ハイドラ王国とかにきたりしない限り、中々見る機会はないかもしれない。
六王祭は大きな島で開催されたので、海は見えたけど……アニマのいう通り本当に遠目にという感じだったし、ゆっくり見たのは以前の海水浴が初か……あっ、でも、アニマは海水浴の時もアリスと料理の準備をしていたりで、あまり海を堪能しているとは言い難いか?
「そっか、てっきり海釣りとかもしてるのかと思ってたよ」
「興味はありますが、主に川で釣ることが多かったですね。ハイドラ王国の首都などは、許可が無いと釣りはできませんし、他に港町などに行く機会も無かったですからね」
「なるほど……ああ、ここは釣りができるみたいだし、軽くやってみる? 日が暮れるけど、夜釣りとかもあるわけだし……」
「……あっ、そうですね。とても素晴らしい案だと思います」
ちょうど桟橋だし、釣りの道具はマジックボックスの中に入っているので可能だと思って提案すると、アニマは悩むような表情を浮かべた。
感応魔法から伝わってくる感情や表情、これまでの経験から察するに……あまり乗り気ではない感じだが、俺の提案だから無下にするわけにもいかないと考えているような気がする。
なので、アニマがなにかを言い出す前に、こちらから先に発言することにした。
「あくまで案のひとつってだけだからね? 今日の目的はアニマの慰労だし、俺としてはなによりアニマの意見を最優先にしたいなって思ってる。アニマが俺のことを気遣ってくれてるのは嬉しいけど、俺としてはアニマが遠慮せずに要望を伝えてくれる方がもっと嬉しいかな……」
「ご主人様……あっ、いえ、決して釣りが嫌というわけではないんです。ご主人様と釣りをするのも楽しそうですし、海釣りにも興味はあります……ただ、その……」
正直に言うべきかどうか迷っている様子で落ち着きなく視線を動かしていたアニマだが、少しすると意を決したのかやや赤い顔で口を開く。
「……お、恐れ多くも自分とご主人様は恋人同士であるわけで……その……もちろん、釣りも素晴らしいのですが、せっかくこうして……デート……を……しているわけで……つまり、えっと……」
「もっと恋人らしいことがしたい?」
「うっ……あっ……はぃ」
なんだこの可愛い生き物は……つまり、アニマが釣りに乗り気ではない様子だったのは、最初に俺が優先度を下げた恋人同士でいちゃつく……とまぁ、つまるところそういうことをしたいからだったみたいだ。
たしかに釣りもいいが、言われてみれば夜釣りは少々色気が足りないかもしれない。
ロマンチックな海上コテージで、せっかくふたりっきりなのでもっと恋人らしいことをしたいというアニマの気持ちはよく分かる。というか、実際のところ俺もそういう恋人らしいことはしたかったのだ。
「……アニマ」
「はっ、も、申し訳ありません! せっかくのご主人様の申し出に異を唱えるような、従者としてあるまじきことを……」
「ああ、いや、そうじゃなくて、実は俺も似たようなことを考えてたんだ」
「え? そ、そうなのですか?」
「うん。せっかくだし恋人っぽいことをしたいなぁと思いつつも、やっぱりアニマの慰労が優先だから~って優先順位を下げていたんだけど、どうやらその必要は無いみたいだね」
「そうだったんですか、ご主人様も同じ気持ちだったのは……その……なんというか、嬉しいです」
そう言ってはにかむ様に微笑むアニマは大変可愛らしく魅力的で、強引に釣りとかに決めてしまわなくてよかったと、心からそう思った。
シリアス先輩「な、なにぃぃぃ!? せっかく、快人が珍しくイチャラブを自重しようとしていたのに、ま、まさかアニマの方から……し、しまった!? この熊、照れたりこそすれあの恋愛クソ雑魚と違って、意外と積極的に動いて来やがる!?」
???「……なんでしょう? 自分で言うのはともかく、シリアス先輩に言われるのは……なんか、ムカつきますね。ぶん殴りますね」
シリアス先輩「殴っていい? とかの確認じゃなくて、ぶん殴る宣言!?」