頑張り屋に休息を⑥
ざる蕎麦と簡単な薬味、柚子胡椒で味付けした鶏肉。非常に簡単ではあるが、かなりいい感じの食事が出来上がったと思う。
容器もアリス作の蕎麦用のざる? セイロ? ともかく本格的なやつである。アイツ本当に大体なんでも作れるよな……器用さが桁違いすぎる。
「さて、じゃあさっそく食べようか」
「はい。このつゆに、蕎麦を入れて食べればいいのでしょうか?」
「聞きかじった程度の知識だけど、最初はなにもつけずに少しだけ蕎麦を食べて繊細な風味を堪能して、次につゆに面の下半分位をつけて食べて、その後で少量の薬味……ああ、そこのネギとかね。それを少しだけ蕎麦に乗せて食べるだったかな?」
「なるほど、作法がある料理なのですね」
「まぁ、本当に正式に言えばってだけで、実際そこまで気にして食べる人は俺たちの世界でも多くは無いよ。だから、好きなように美味しく食べるのが一番だと思う」
テレビ番組とかで見た程度のにわか知識だが、薬味とかはつゆに入れずに麺に軽く乗せるのが正道だったかな? まぁ、蕎麦通の人ならともかく俺はそういうのは全然気にしたことは無い。
いちおうアニマに聞かれたので正しい……と思う作法は伝えたものの、ここには俺とアニマ以外に居ないわけだし普通に美味しく食べれれば十分だと思う。
ノインさんとかはその辺り細かいのかな? いや、意外とノインさんは食に関しては大らかなところがあるので、気にせず「美味しいと思う食べ方が一番です」とか言いそうだ。逆にブロッサムさんとか日本文化に強い拘りがある人は、そういう正式な作法に拘りそうな気がする……あの人の場合は、変な勘違いで妙な作法を覚えてそうな気もするが……。
ちなみに、以前に一緒に蕎麦を食べたアリスは「状況により蹴りですよ。別に正しい食べ方が一番美味しい食べ方ってわけでもないでしょ? そういうのは知識として覚えておいて必要な場面で、適切に使えればいいんすよ」と至極真っ当なことを空のざるを50ぐらい積み上げて語っていた覚えがある。
「……なるほど、鼻に抜けていく香りがよいですね。派手な味わいではありませんが、シンプルでありつつも細やかさや上品さを感じます」
「アニマは結構食通な感じがするけど、いろいろ食べたりするの?」
「ああ、いえ、時折キャラに誘われて外食する程度で、それ以外は家で簡単に済ませることが多いです。仕事優先で食事を抜くこともたびたびあるので、それほど食にこだわりは………………あっ」
「……アニマ?」
「ひっ、あ、あの、その……た、たまにです。ほ、本当にごくたまに……集中し過ぎて食事のタイミングを逃した時とかに、あとでいいかと……その……」
ちょっと、そのたびたび食事を抜いているというのは初耳である。というか、キャラウェイが度々外食に誘ってるのも、そういう仕事に集中して食事を抜くことが度々あるからでっはないだろうか?
そういえば、休憩とかに関してはいろいろ言っていたけど食事とかに関してはあんまり言ってなかったな。
「……これは、あとでキツク言い聞かせておく必要がありそうだな」
「あぅ……も、申し訳ありません」
「まぁ、とはいえ食事中に説教とかするのもアレか……ほら、アニマ。口あけて」
「口? はぇ? ご、ご主人様!? な、なにを!?」
本当にこのやる気がで過ぎると仕事以外を後回しにする悪癖には困ったものだし、よく言い聞かせておくことにするが……食事中に雰囲気を悪くする必要も無い。
そう思って苦笑しつつ、俺は箸で取った鶏肉に手を添えてアニマの方に差し出す。いわゆる「あ~ん」というやつだが、差し出されたアニマは明らかに戸惑った様子で落ち着きなく視線を動かしている。
「ほら、あ~ん」
「あ、い、いや、しかし、ご主人様に食べさせていただくなど、不敬で……その……」
「あ~ん」
「あ、あ~ん……うぅ、駄目なのに、従者としてあるまじき姿なのに……喜んでる自分がなんとも情けないです」
やや強引に押し切ると、アニマは恥ずかしさと嬉しさが入り混じったような表情で鶏肉を食べる。主である俺の手を煩わせているというのを気にしているみたいだが、先ほどから耳がピクピクと動いており喜んでいるのが伝わってくるのがなんとも可愛いところである。
「恋人らしくていいかなって」
「は、恥ずかしく、申し訳ないですが……その……嬉しいです。で、ですが!? これ以上はその、自分の精神が持ちませんので! つ、次は自分がご主人様に!」
どうやら、食べさせてもらうという行為には遠慮の気持ちが強いようだが、自分が食べさせる側に回る分には俺に尽くしている認識なのか問題ないらしい。
どこか張り切った様子で、先ほどの俺と同じように鶏肉を差し出してくるアニマを見て微笑みつつ、ありがたく食べさせてもらうことにして口を開いた。
シリアス先輩「ぐふぅ……な、なんとなく分かってきた……アリスのように恋愛系全てが気恥ずかしいとかそういうわけではなく、『快人になにかをしてもらう』シチュエーションだとアタフタして、『自分が快人になにかをする』シチュエーションだと積極的なのか……」




