頑張り屋に休息を③
快人から膝枕を提案された際に、アニマは快人が感応魔法を使わなくてもすぐに分かるほどに動揺していた。だが、それはあくまで表面的なものであり……『内面はもっと激しく動揺していた』。
(ご主人様に膝枕をしていただく!? そ、そんな不敬極まりない行為……嬉し……じゃなく! お断りしなければ……自分がするのならともかく、ご主人様にしていただくのは……ああ、いや、だが、それではご主人様の気遣いを無下にすることにも、ど、どうすれば……)
思考は超高速で巡る。快人からの膝枕の提案自体は本音を言えば嬉しいし、気を抜くと顔がにやけてしまいそうではあるが、アニマはそれをグッと押し込めながらなおも考え続ける。
既に伯爵級の領域にある彼女が魔力によって加速させた思考の速度は尋常ではなく、いまだ0.1秒すら経過はしていない。
まぁ、高速で思考を巡らせられるからと言って、ではすぐに結論に辿り着けるのかと言えば……それは別の話である。
(そもそも、だ! 浮ついた気持でいること自体が間違いなのだ……ご主人様と一緒に旅行できて嬉しいとか、しばらくふたりっきりで幸せだとか、そんなことを考えている場合ではない! この身はご主人様のためにあるのだから、もっとしっかりと……ああ、でも、明日の朝か昼まで一緒ならいっぱいご主人様とお話ができるしどうしようもなく嬉し……いい加減にしろよ、アニマ! いつまで浮ついた気持でいるつもりだ未熟者!!)
今回のことに対していろいろと思うところはある。だが、必死に真面目な思考をしようとしても、すぐにそれが快人と一緒で嬉しいという気持ちに塗りつぶされそうになってしまう。特にここの所新ブランドの立ち上げで忙しくしていたこともあり、快人と一緒に過ごせる時間というのは、あまりにも甘美な響きだった。
(今回の件は自分の自己管理の甘さが招いたことだぞ! 再三注意されたにも関わらず、ご主人様に頼っていただけて仕事を任されたからと舞い上がったがために、こうしてご主人様に手間をおかけする事態になっているのだぞ! 猛省するのが先だろうが!!)
今回の紅茶ブランドの立ち上げに関して、アニマは己がやる気が出過ぎているというのは自覚していた。アニマは、かつてアリスに対して劣等感を覚えていた影響もあってか、人一倍快人の役に立ちたいという欲求が強い。
もちろん普段から快人には信頼され、お金の管理を任されるぐらいには頼りにされているし、実際に上手く運用して快人の資産を増やし続けている。
だが、それが何処まで快人の役に立っているかと尋ねられると少々首を傾げてしまう。快人はそもそも過度な贅沢を好む性格ではなく、日々の生活に不自由なく時々多少の贅沢ができる程度の金銭があれば十分という感じではある。
そして、現時点ですでに使い切れないほどの金銭は所持しているので、普段の資産運用は快人の役に立っているという実感は大きくはなかった。
だが、今回のブランドの立ち上げは違う。最初期の段階から快人自身が企画に加わり、宣伝なども協力しているなど明確に参加しており、その上で全体の統括という重要な役割を任せてもらえたというのは、アニマにとってやる気のリミッターが振りきれるほどに嬉しいことだった。
その結果として休息や睡眠を忘れて働きまくっていたのだが……。
(だ、だが、あまりご主人様を待たせてもいけない。もうこの形になった以上は、膝枕をしていただくほかあるまい。だ、大丈夫だ。少しだけ……ほんの少しだけ仮眠を取らせていただいて起床すれば……)
高速で思考を巡らせているのでまだ1秒も経過してはいないが、アニマは覚悟を決めた様子で恐る恐る快人の腿の上に頭を乗せて寝転がった。
(ふぁっ……あっ……駄目これ……幸せで、頭が蕩ける)
頭に感じる感触と微かな温もりは、快人と密着しているという実感を与えてくれ、すぐにだらしなく頬が緩んでしまった。幸いなのは、寝転がっている向き的に快人からはアニマの顔が見えないことだ。だが、その事に安堵するのも束の間、快人が手を伸ばしてアニマの頭を撫で始めると、もうアニマの思考はほぼ真っ白に染まっていた。
(はわわわわ、ご、ご主人様が自分の頭を……気持ちいい、幸せ……ご主人様……大好き)
溢れんばかりの幸福感に包まれたことと、元々疲労がある程度溜まっていたことも相まって、すぐに眠気が襲ってきた。
フワフワと全身が浮かんでいるかのような幸福感に包まれつつ、アニマの思考はまどろみの中に沈んでいった。
……もちろん、当初考えていた通りすぐに起きたりできず、ガッツリ眠ってしまったのは言うまでもないことである。
シリアス先輩「ぐっ、きついのもそうだが……やっぱ、熊というか子犬感が強いんだよなアニマ……」




