閑話・三人娘の慰安旅行①
そこは、時空の狭間に存在するもうひとつの世界。世界創造の神によって作られ、特定の人物が許可しない限り外部からは入ることができないという極めてプライベートな空間。
少し前までは果てない草原が広がっていたこの世界だが、ごく最近大きな山がひとつ追加された。異世界において富士山と呼ばれる雄大な山と、それがよく見える場所に位置する温泉旅館。
「お~凄いですね。アレが富士山というやつですか、なかなか見事なものですね」
「色合いが綺麗ですね。上の部分は雪でしょうか? 雪? ここには雪が降るのですか?」
「……いえ、こちらで設定を弄らない限りは降らないはずですが、そもそもあの山自体がエデン様が作り出したものなので、私たちの常識が通用するような品ではないのでしょう」
富士山を見て感心したように話すルナマリア、興味深そうにつぶやくジークリンデ、どこか諦めの混じった表情で告げるリリア……この三人は現在、慰労も兼ねて親友同士でリリアがマキナより貰った温泉旅館に来ていた。
ハイドラ王国の建国記念祭では、この次元ではないがかなり胃の痛い思いをしたリリアの精神的な疲労回復も兼ねている。
「そういえば、今日はミヤマ様の紅茶ブランドのスタートですが、リリはこっちでよかったのですか?」
「基本的に私は関わってないですからね。今回は窓口が当家というわけでもないですし……まぁ、あと、今日屋敷に居るとなにかしら変なところから胃痛の種が飛んできそうな気もするので……避難も兼ねてます」
「その形式で飛んできた場合、どちらにせよ戻ったら向き合うことになりそうですが……」
現在はプライベートということもあり、お嬢様ではなくリリと愛称で呼ぶルナマリアに、リリアは苦笑を浮かべつつ言葉を返す。
実際リリアのトラブル引き寄せ体質は並ではないので、本人が言う通り今日屋敷に居たらどこからともなく胃にダメージのある案件が来たかもしれない。まぁ、その後にジークリンデが言ったように、そうやって回避したところで戻ったらいやがおうにも直面することになるので、先延ばしになるだけなのだが……。
「しかし、異世界の建物は形も少し独特ですね。木造りではありますが、あまり見ない形状です」
「こうして異世界の文化に触れられるのは楽しみではありますね。温泉は、カイトさんがよく好きだと口にしていたので、私も異世界の温泉には興味があります」
温泉旅館を前にして告げるルナマリアの呟きに、ジークリンデが微笑みながら頷く。恋人である快人が温泉が好きだというのは、ジークリンデも何度も聞いている。だが、トリニィアにおいて温泉はややマイナーということもあって、触れる機会は少ない。
今日しっかり本場の温泉を体験して、機会があれば快人を誘って一緒に行けたらいいなとそんな風に考えているジークリンデの表情は、どこか楽しげだった。
温泉旅館の中に入って部屋に辿り着いた三人は、さっそくではあるがなんとも言えない困ったような表情を浮かべていた。
「……お嬢様、パッと見ただけではよく分からないものが多いのですが……」
「ま、まぁ、異世界の宿ですしね。たしか、この段差のところで靴を脱いで上がるはずです」
「なるほど……あのやけに低い机はなんでしょう?」
「精霊族などのような、体の小さい種族用の机では? あの高さでは、私たちが座るには床に座らなくてはいけませんし……」
当たり前ではあるが、異世界の……それも純和風の旅館には、リリア達にとって未知ともいえる品々が多い。当然畳に座ったりということを経験もしていないので、テーブルと座布団を見て体の小さい種族用のものであると考えるのも無理は無いだろう。
「いえ、アレはたぶん私たち用の机ですよ。異世界では確か、このタタミ? というものの上に座布団というものを敷いたり、座椅子というものを用意したりして座るんですよ」
「そ、そうなのですか? 床に……あ、いえ、畳にそのまま座る……ぶ、文化の違いに戸惑いますね」
「ジークはよく知ってますね?」
ジークリンデの言葉を聞いて、リリアもルナマリアも心底驚いたような表情を浮かべる。彼女たちにとってぱっと見で畳とは床に相当するものであり、その上に直接座るというのはイメージしにくかった。
ルナマリアがなぜそんなに詳しいのかという意味を込めてジークリンデに尋ねると、ジークリンデは軽く微笑みを浮かべながら呟く。
「両親の友人が異世界人で、うちにもその家を真似た縁側や庭がありますからね。ある程度は知識として知っているんですよ。ただ、私はその両親の友人の異世界人に直接会ったことは……もしかしたら、小さいころにはあるのかもしれませんが、覚えている範囲では無いので実際に見るのは初めてですけどね」
「なるほど……では、ジーク、アレはなんですか?」
「……あ、いや、それは知らないです」
ある程度異世界の知識があるジークリンデの存在は心強いと、明るい表情でリリアが部屋に置いてあった『テレビ』を指差すが……当然ジークリンデがそれを知るわけもなく、困惑した表情を浮かべていた。
そう、この温泉旅館は快人とシャローヴァナルが利用したものを、機械から魔法具に変更しておいてある。ただ、この世界は厳密にはトリニィアではないため、シャローヴァナルとマキナの間に結ばれた契約の適応範囲外であり、機械製品を模した……もとい、ほぼコピーといっていいような魔法具も好きに置いておけるため、結果としてリリア達にとって、サッパリ用途の分からない品があちこちに存在する旅館となっていた。
シリアス先輩「たぶん形状とかもまんまで、動力とかを魔水晶とか術式に置き換えただけのような気がする……」




