新ブランドとそれぞれ反応⑩
友好都市ヒカリの一角にある異世界料理店水蓮では、店主の香織がどこか上機嫌な様子で調理台に向かっていた。
現在は開店前の時間帯であり、店内に客はひとりを除いて存在しない。そして開店前の唯一の客は、どこか上品に感じる所作でお手拭きを使って手を拭いてから口を開く。
「開店前に申し訳ありません」
「いえいえ、気にしないでください、オリビア様。このぐらいお安い御用ですよ」
「感謝します。どうも、最近はこれまで様々なことに無関心だった付けを感じますね。紅茶を淹れるのも知識としては知っていても、上手く淹れられる自信がなく貴女を頼ることになってしまいました。心苦しくはありますが、万が一にもミヤマカイト様から下賜された茶葉を無駄にするわけにもいかないので、よろしくお願いします」
「任せてください! とはいっても、私もあんまり普段紅茶を飲むわけじゃないので、そこまで腕がいいわけじゃないですけどね」
「それでも、私よりはずっと上です」
店に来ているのは教主オリビアであり、彼女は快人から貰ったオリジナルブレンドの紅茶をちゃんと淹れられる自信がなく、料理の腕が確かで付き合いのある香織を頼ってきた。
香織としても、現在はもう常連となりそれなりに親しくしているオリビアからの頼みとあっては断る理由も無く、元々の人の良さもあって二つ返事で了承して昼の営業が終わり、夕方の営業時間までの時間を利用してオリビアに紅茶を淹れていた。
「ところで、浅学で申し訳ありませんが、いま行っているのは夕方の仕込みでしょうか?」
「え? ああ、いえ、お茶請けのお菓子を……クッキーとかスコーンは無いんですが、餡子とか使って和スイーツ風のものを用意しようかと、やっぱり茶請けは欲しいですしね」
「和スイーツ? ふむ、そういったものもあるのですね。普段のメニューでは見かけた覚えはありませんが……」
「定食屋向きじゃないですからね。いや、あれば好きな人は頼むんでしょうけど、結構手間がかかりますし材料も独特なものが多いですからね」
茶請けの菓子を並行して用意しているという香織の言葉を聞き、手際よい調理風景に感心したように頷いたあとで、オリビアはふと首を傾げる。
「おや? しかし、今回は材料があったのですね?」
「……あっ、自分用に用意してた材料です。和スイーツ好きで、よくこの時間に作っておいて夜の営業が終わったあとに食べたりしてるんですよ。材料は多めにあるので、遠慮せず食べていってください。結構味には自信がありますよ!」
「なるほど、それは楽しみですね。そういえば、ミズハラカオリ、参考程度に尋ねたいのですが……」
「はい?」
「異性をデートに誘う際は、どのようにすれば効果的だと思いますか?」
「ふぁっ!? おっ、あぶっ……セーフ……い、いきなりどうしたんですか? ビックリするじゃないですか……」
まさかオリビアの口からそんな言葉が出るとは思わず、思わず手に持っていた料理器具を落としそうになりながら、香織は驚愕の表情で聞き返す。
「いえ、実は偉大なるシャローヴァナル様の命により、ミヤマカイト様をデートに誘った上でしっかり楽しんでもらうという大役を与えられたのです。ですが、恥ずかしながらそういった方面の知識も経験もサッパリで、少々頭を悩ませていました。いちおう、リリア・アルベルト公爵にもアドバイスを賜れるように伺いを立てていますが、貴女の意見も聞いてみたいと思いまして……ずばり、異性に心から楽しんでいただけるようなデートのプランと誘い文句とは?」
「……そんなの知ってたら、私は独身やってないんですよ……」
「うん? 独身が何か関係が……ああ、なるほど、誤解を与えてしまいましたかね? 婚姻の申し込みについてではなく普通のデートに関してです」
「駄目だこれ、真面目過ぎて通じてない……い、いったい、私はこの地獄のような質問をどうさばけば……」
香織は独身であり、婚期を気にするお年頃だ。そしてついでに、彼氏いない歴イコール年齢でもある。まぁ、彼女の場合はこちらに召喚されるまでもそれなりに波乱万丈であり、召喚されてからも世界を旅したり店を開いたりと恋愛をしている暇はなかった。
むしろ、いまある程度落ち着いた状態になっているからこそ、そういった方面もようやく意識するようになった感じであり……残念ながら、オリビアの質問に上手く答えられるだけの引き出しはない。
だが、期待するような目で見つめてくるオリビアを前に、質問を突っ撥ねるのも気が進まず。必死に呼んだことのある恋愛小説や雑誌の知識を思い出していた。
シリアス先輩「これはアレか、リリアの胃痛フラグ+1か……」
???「紅茶関連でなにも無かったっすからね……」




