愛と恋、揺れる心
快人からイルネスに対しての信頼は高い。この世界に転移した直後から専属としていろいろ世話を焼いてくれていたこともあり、またその落ち着いた穏やかな性格も相まって優しい大人の女性という認識が強い。
ここまで積み重ねてきた信頼があるからこそ、いまのようにイルネスに膝枕をされているという状態には安心感があり、本人がそうだといったように「眠っていい」と許可が出てしまえば眠気が現れるのは極めて速かった。
小柄ではあるものの、決して痩せすぎているというわけでもないイルネスの腿の程よく柔らかい感触に、自然に頭に添えて優しく撫でられる手の感触にひとたび目を閉じればあっという間に意識は遠のき、少しすると規則正しい寝息が聞こえてきた。
その様子を見て、フッと優しく笑みを零しながらイルネスはぼんやりと思考を続ける。
(己の気持ちから~目を逸らし続けるのも問題ですねぇ。この機会にでも~少し考えてみることにしますかぁ……私は~一目見てカイト様を愛しましたぁ。それは~間違いないですしぃ、いまもその気持ちは~衰えるどころかより大きくなっていますぅ)
イルネスは心の底から快人を愛している。それに関しては、一切の迷いもなく確信できる。極端な話ではあるが、快人を愛しているということは今現在のイルネスにとっては至極当然のことであり、それが戸惑いの要因とはなり得ない。
だが、ここ最近の己の心の動きや動揺を考えてみれば、それだけではないなにかも見えてくる。
(思えば~始まりがぁ、愛することからだったからかもしれませんねぇ。一般的なものとは~少し順番が違ったのかもしれませんねぇ。いまさら~己を偽る意味も無いですねぇ……私は~カイト様に恋をしていますぅ。最近の~気持ちの揺れ動きはぁ、それが原因でしょうねぇ)
そう、イルネスは快人に恋をして愛したのではなく、最初に快人を愛し……その後快人と接していくうちで、快人の内面などをより知って恋をした。絶対にありえないわけではないが、普通の恋愛とは少し順序が違うが故に、それが戸惑いとなって表れていた。
(愛は~与えるものでぇ、恋は~求めるものでしたかぁ……なるほどぉ、最近ワガママになってしまったと感じるのはぁ、恋をして求めるようになってしまったからなのですねぇ)
冷静に分析してみれば、その答えはストンと胸の中に降りてきた。最初はただ、快人を愛するだけでよかった。惜しみない献身を捧げるだけで満足し、快人さえ幸せであるなら己が傍にいる必要などは無いと……そう思っていた。
だが、快人と接していくうちに幸せな快人をただ見ているだけではなく、その幸せを己も共有したいと考えるようになり……今回のお茶会でもそうだが、快人と……最愛の相手と幸せな気持ちを共有することが、それだけ心地よいかを知ってしまった。
もう、以前のようには戻れない。イルネスは、すでに快人との未来を望んでおり……彼女自身、その気持ちを自覚していたから……。
(シャルティア様が~私の本質は献身であるといったようにぃ、尽くすことには~迷うことは無いですねぇ。ある意味では~形こそ違えどずっとやってきたことなのでぇ、慣れていると言ってもいいかもしれませんねぇ。ですが~今日改めて自覚しましたぁ、私は~求めるのは下手ですねぇ。まだ~慣れて無いとも言えますがぁ、どうにもフワフワと~心が落ち着きませんねぇ)
快人のためになにかをすることに迷いや躊躇いなどは無い。ごくごく自然に、息をするように行える。ただ己の希望を快人に伝えてなにかを求めるというのは、どうにもアレコレと考えて迷ってしまう。
快人に対しお茶会の後も一緒に居たいとワガママを告げたのも、咄嗟に思いついたとかではなくお茶会の最中も……いや、もっと前から考えに考えて口にすべきかどうかを迷い続けて、ようやく絞り出した要望でもあった。
(カイト様が~優しすぎるのもぉ、要因のひとつかもしれませんねぇ。どうしても~期待してしまいますぅ。こんなわがままを言うべきではないと~思っていてもぉ、カイト様なら~優しく笑って受け入れてくれるのではないかとぉ、そんな浅ましい気持ちが止まらないのでぇ、本当に困ってしまいますねぇ)
そんな風に考えて苦笑したあとで、膝の上で穏やかに眠る快人を見てイルネスは心の底から愛おしそうに笑みを浮かべる。
(なにより困ってしまうのはぁ、事実として~今のところ全部聞き入れてくださってるんですよねぇ。難しいものですがぁ、この難しさを楽しいとも感じてしまっているのはぁ……不思議なものですねぇ)
そのままイルネスはそっと眠る快人に顔を近づけ、その頬に軽く触れるだけのキスをして、囁くように呟いた。
「……まだまだ恋には不慣れでぇ、申し訳ないとは思いますがぁ、どうか~もう少しだけぇ、待っていてくださいぃ。しっかりと自分の気持ちを整理出来たら~その時はぁ、ちゃんと貴方に伝えますのでぇ……いまはまだぁ、貴方が眠っている時にしか伝えられない臆病者ですがぁ、いつか~きっとぉ……カイト様ぁ……貴方を~心からぁ、愛してますぅ」
???「なるほど、恋心は自覚はしていてもまで整理しきれてないと。まぁ、あの子は理屈っぽいところがありますから、ある程度自分自身でしっかりと納得できるだけ考えてからじゃないと発展はしないのかもですね。しかし、この分だとそう遠くは……って、先輩? あれ? う~ん……マキナ、シリアス先輩知らねぇっすか?」
マキナ「美味しかったよ?」
???「……そっすか……まぁ、次話には復活してるでしょう。それで、今回はなんになってたんですか?」
マキナ「こしあんだったよ!」
???「全体がこしあんなのか、中身がこしあんなのか……いや、そもそもこしあんになること自体がおかしい気も……」




