閑話・下賜と手紙
別次元の記憶を引き継いだリリアは、別次元の記憶を引き継いでいないルナマリアに対して必死に説明をした。一時的に分かれたもうひとつの次元、快人とシャローヴァナルが建国記念祭でデートを行ったという次元において自身に降りかかった数々の胃痛を……。
その説明を聞き終えたルナマリアは、一度軽く頷きいっそ慈愛すら感じられる笑みを浮かべる。
「……フィーアお姉ちゃんの予定を確認しておきますね」
「違うんです!? 私の頭がおかしくなったとかじゃなくて、本当にあった……いや、ルナ、貴女……本当は分かった上でやってますね?」
「おや? バレましたか……いや、別次元だとかなんとか、普通に聞いたらリリが仕事のしすぎて頭がおかしくなったとしか思わないですが……ミヤマ様が関わってるとなると、まぁ、あり得なくもないかなぁと思えてしまうのが恐ろしいですね」
普通であれば荒唐無稽な話であり、いくら付き合いの長い親友の言葉と言えどもすぐには信じられないような内容だった。だが、そこに世界の特異点たる快人と、全能といえる力を持った神々を加えると、納得できてしまう。
「……それで、その謎の山の出現を確認したあとはどうなったんですか?」
「そりゃもう大騒ぎでしたよ。なにせ、ラグナ陛下が必死に取り繕おうとしているタイミングで、その山が消え去ったわけですし……実際は私たちに見えなくなっていただけですがね。幸いそのあとでクロムエイナ様が説明に来てくれて、シャローヴァナル様が一時的に初代勇者のいた世界で有名な山の幻影を見せたということで話はまとまりました」
「へぇ、それは……なんという山だったんですか?」
「えっと、なんでしたっけ、たしか――」
「富士山だね」
「ああ、そうでした。フジサ……え?」
唐突に聞こえてきた自分のものでもルナマリアのものでも無い声に驚きつつ振りむくと、いつの間にか執務室の中にはマキナが姿を現していた。
「ま、まま、マナ様!?」
「やっ、別次元の建国記念祭ではお疲れ様だったね~」
現れたマキナを見て一気に緊張した表情を浮かべるリリアだったが、ルナマリアの方は現れたマキナが誰なのか分からず首を傾げていた。
「マナ様……?」
「……エデン様です」
「!?!?」
その名を聞いてからのルナマリアの行動は早かった。素早くリリアの後方に移動して姿勢を正し、話を振られるまでは石柱にでもなったかのように沈黙することを選んだ。
ルナマリアも多少なりともマキナには評価されているのだが、それでも快人の恋人であるリリアほどではないため、迂闊な発言は悪い事態に繋がる可能性もある。
よってマキナとリリアの会話を邪魔しないように沈黙に徹した。
「マナ様、どうしてこちらに?」
「ちょっとリリアに用事があってね。あっ、そういえばあの富士山どうだった? リリアは少ししか見てないと思うけど、いい感じだったでしょ?」
「そ、そうですね! とても美しい山でした。こちらではあまり見ない様相と言いますが、2色のコントラストのような色合いと山の形が雄大さを示しているかのようでした。異世界にはあのような山があるのですね」
「うんうん。愛しい我が子の住んでいた国ではかなり有名な山だね。リリアが気に入ってくれてよかったよ! これで心置きなく本題に入れるね」
「……本題?」
無意識のうちにリリアは胃を押さえていた。それは過去の経験から体が自然に反応したが故の動作……そう、数多の胃痛を越えてきたリリアの直感が、新たなる胃痛案件を察していた。
「せっかく私が自ら作ったのに、次元ごと消しちゃうのは勿体なくてね。リリアは、向こうの次元で頑張ってたし、ご褒美に『あの山と旅館あげるよ』」
「ひゅっ……」
リリアが思わず息を飲むのも無理からぬこと……あの時に見た富士山はかなり巨大な山であり、それと温泉旅館を唐突にあげるなどと言われても困る。
……だが、悲しいかな相手は世界創造の神であり、立場的にとても下賜を拒否できるような相手ではない。
「あ、あああ、あり、ありがとうございます。ここ、光栄です」
そう、受け取るしかないのだ。そもそも相手はリリアが知る神の中でもぶっちぎりのヤバさを持つ存在であり、機嫌を損なうわけにもいかない……そう、最初から選択肢など無かった。
「うん。じゃ、どうしようか? 前にリリアにプレゼントした世界に設置しようか? それとも、どこかこの世界に設置する? 国を治める肉塊の顔は覚えてるし、私が言えば土地ぐらいすぐ差し出すでしょ」
「以前いただいた世界にお願いします!!」
こちらも選択肢など無かった。むしろ選択できたとしても前者の方が遥かにマシだ。少なくとも大きな騒ぎにはなることは無い。マキナからの下賜というのは中々に気を遣う品ではあるが、それでもこの世界のどこかに突如山が出現して、その所有者がリリアになるというような事態よりは遥かにマシだ。
「うん。了解。それじゃ設置しとくね~。じゃ、用事はすんだから帰るね」
「はい! か、重ねて、ありがとうございました!!」
軽く手を振って去っていくマキナをルナマリアと共に腰を90度に折って頭を下げて見送り、マキナが消えて少し経ってから呟いた。
「……お腹痛い」
「心中お察しします……精神的なリフレッシュに、そろそろ長めの休みでも取ったらどうです? ちょうど観光できそうなものを貰ったのですし……」
「そう、ですね……いま抱えてる仕事が終わったら、長めの休みを取るのもいいですね」
「ええ、私とジークと昔馴染みの三人で旅行にでも行きましょう。ほら、丁度宿を頂いたわけですしね」
「……ルナ」
労わるように告げられるルナの言葉に、リリアはジーンと感動した様子で目を潤ませる。一先ず大変な事態にはなったが、世間的に騒がれるようなものでは無い分ある程度は気が楽である。
胃の痛みを押さえつつも、そうポジティブに考えたリリアは苦笑した。
……そしてその数日後、教主オリビアから一国の貴族であるリリアと会って話がしたいという旨の手紙が届き、リリアは崩れ落ちるように机に頭を叩きつけ……執務机は粉々になった。
執務机「ぐあぁぁぁぁ!?」
シリアス先輩「リリア自体のスペックが十分化け物なせいで、変なところに被害が!?」




