閑話・胃痛な者への救世主
ハイドラ王国王城ないの大ホール。建国記念祭のパーティが行われる会場となる場所には、既に多くの貴族たちが集まって思い思いの会話を行っていた。
会話のメインとなるのはもちろん、先に発生した異常事態……もとい奇跡の事態だった。
(沈まぬ夕日を見せたかと思えば、直後に満天の星空に流星群。夢でも見ているかのような光景でした。まさに神の奇跡……創造神様の偉大さを改めて思い知りましたね)
油断なく会場の様子を見つつ、アルクレシア帝国から父の代理としてきた侯爵令嬢は思考を巡らせていた。既に顔見知りの貴族には簡単な挨拶は済ませてあるので、パーティ開始までは少し時間に余裕があり十分に考える時間もある。
(たしか前回の勇者祭においても創造神様はそのお力を我らの前で振るってくれましたね。アレに関しては、勇者祭が丁度100度目となるのでその記念との見方が主流ですし、私としてもその線が一番有力候補と思えますね。そして今回の奇跡は……ハイドラ王国というよりは、初代勇者様のメッセージを称えた上での祝福と考えるのが自然でしょう)
創造神たるシャローヴァナルが、その全能の力を一般の者たちの前で振るうことはほぼ無い。というよりは、明確にシャローヴァナルが行ったと分かるもので言えば、勇者祭の時の奇跡と今回の奇跡の2回だけだ。
六王祭の時のようにシャローヴァナルの指示によって最高神が力を振るうことはあるが、シャローヴァナルが直接というのは極めて珍しいという認識だった。
特にハイドラ王国が神界と繋がりが深いという話は聞かない上、今回のセレモニーにも神族の参列は無かったことを考えると、ハイドラ王国のために奇跡を起こしたとは考えにくい。
(しかし、だとしても建国記念祭の日に奇跡が起きたというのは、ハイドラ王国にとっては極めて利となる展開。ラグナ陛下は確実にその方向で話を持っていくでしょうね。おそらく詳細については聞きたいと思っている者が多いでしょうし……私が直接話を聞くのは難しそうですね)
侯爵令嬢の予想では、ラグナの元にはクリスやライズを始めとした各国でも上位の者たちが集まるはずなので、代理として参加している彼女が直接話すのは難しい。彼女も詳細は気になるところだが、無理に前に出ても周囲の印象を悪くするだけなので、できる範囲での情報収集に努めようとそう結論付けた。
(おや? 失敗しました。考え事をしながら歩いているうちに出入り口付近に……ここでは通行の邪魔になりますし、移動しないと……)
いつの間にか大ホールのメインの入場口となる扉の前に来てしまっていた侯爵令嬢は、考え込み過ぎていたことを反省しつつ踵を返そうとした。だが、そのタイミングで新たに会場に来た人物が彼女に声をかけてきた。
「ごめん、ちょっと聞いていいかな?」
「はい、なんで――め、めめ、冥王様!?」
振り返った侯爵令嬢が驚愕に目を見開くのも無理はないだろう。そこにいたのは冥王クロムエイナであり、まさか六王から声を掛けられると思っていなかった彼女は、驚愕しつつ背筋を伸ばす。
その様子を見てクロムエイナは苦笑を浮かべたあと、優しい声で話を続けた。
「ラグナちゃ――ハイドラ国王がどこにいるか分かるかな?」
「は、あ、えっと……ま、まだ、会場でお姿はお見かけしていないので、城内の……おそらく執務室かどこかにいるとは思いますが、申し訳ありません。詳しい場所までは……」
「ううん。会場にいないことが分かれば十分だよ。あとは城のメイドとかに聞いてみることにするよ……いや、ボクは元々今回のパーティに参加する予定は無かったんだけど、ちょっと気になることがあって……まぁ、とりあえず探してみるよ、教えてくれてありがとうね」
「は、はい!?」
明るい笑顔を浮かべたあとで、軽く手を振って会場を後にするクロムエイナを見送った後で、侯爵令嬢はホッと胸を撫で下ろした。
(お、驚きました。まさか、冥王様とお話することになるとは……じ、自己紹介が出来なかったのは残念ですが、急がれている様子だったので無理に引き留めるのも失礼でしたし、仕方がないですね。ですが、なぜ冥王様が急に……創造神様の奇跡に関係しているのでしょうか?)
シリアス先輩「好き勝手する神ふたりに文句言えそうな奴が来た!?」
???「たぶん、シャローヴァナル様がやった夕日の停止とかを察知して、予定を切り上げてきたんでしょうね。マジで、リリアさんたちにとっては救世主でしょうね」




