シャローヴァナルとの建国記念祭夕方⑧
快人がミュージカルに夢中になっていた頃……ハイドラ王国の建国記念祭の会場では、大半の参加者が海の方向……夕日を見つめていた。理由は単純であり、夕日がいつまで経っても水平線に沈まないからだった。シャローヴァナルが快人と夕日を見るために止めているのだが、当然そんなことは当人たちにしかわからない。
明らかに異常ともいえる光景に次第に不安が広がり始めるが、そのタイミングで国王ラグナより首都全域に拡声魔法による放送が行われた。
『現在の沈まない夕日は、建国記念祭と初代勇者の功績を称えてシャローヴァナル様が特別に取り計らってくれた奇跡である。元々ハイドラ王国のハイドラという言葉には古い言葉で『沈まぬ太陽』という意味があり、それを再現してくれた結果である。ほんの少しの間だけこの奇跡の時間は続くので、シャローヴァナル様に感謝しつつ素晴らしい夕日を目に焼き付けよう』
と、そういった内容であり、その言葉を聞けば参加者たちからの不安は消えた。世界の神たるシャローヴァナルであれば夕日を沈ませないなど容易いことであるし、以前の勇者祭にてシャローヴァナルが世界中に奇跡を起こしてくれたのは広く知られている。
今回は千年以上ぶりに初代勇者からのメッセージが届いた記念すべき日なので、特別に取り計らってくれたのだろうと、そんな風に納得した参加者たちはその奇跡の光景をラグナの言葉通り目に焼き付け、夕日に向かって祈りを捧げるものも多かった。
完全な収束とは言えないものの、建国記念祭の参加者たちのパニックは完全に防ぐことができており、放送を終えたラグナはホッと息を吐き、その様子を見たリリアが声をかける。
「……なんとか、なりました……かね?」
「ああ、ひとまずは大丈夫じゃろう。シャローヴァナル様の名を出すことに関して、リリア嬢がすぐに時の女神様に確認を取ってくれて助かった」
「クロノア様たちも、今回は状況的にやむなしと判断された様子でした。思念神様の権能により、首都以外の場所にも同様の通知が行われるとのことなので、大騒ぎになることは無いでしょうね。また、以前の勇者祭の時の様に奇跡の日だなんだと、信心深い方々が盛り上がるのはあるでしょうが……」
「うむ。神族の方々がしっかりと事前準備をしておいてくれたおかげで、首都全域への拡声魔法による連絡などもスムーズに行えたし、この手のトラブルは初動が肝心じゃからな。即応できたのは大きい……問題はこれで終わりかどうかわからないという点か……」
ラグナやリリア、神族たちも今回の夕日が止まる件に関しては、シャローヴァナルが快人と夕日を見るために行ったというのはなんとなく分かっているが、夕日を見て終わりなのか、その後になにかがあるのかまではわからない。
実際は、本当に時計塔で一緒に夕日を見るだけなのだが、疑心暗鬼になってしまうのも仕方のないことだろう。
「まぁ、国としては信じられんぐらい箔が付いたし、シャローヴァナル様の奇跡を賜った地となれば経済効果も極めて大きい。全体的に見れば得をしているのじゃが……精神的にはキツイのぅ」
「その気持ちは分かりますね。私もカイトさん絡みで受けている恩恵は極めて大きいのですが、引き換えに胃の痛みも大きいので素直に喜べません……まぁ、それはともかくとして、ハイドラ王国の国名の由来にそんなものがあったとは知りませんでした」
「いや、そんな都合のいい由来があるわけないじゃろ、適当に言っただけじゃが?」
「……え? そ、そうなのですか?」
「うむ。いまは失われた古い言葉とか言っておけば、そうそう調べる手段なぞないしな。こういう事態には、そういった少し大げさなぐらいの装飾があった方がよい。別にこじつけなんて後からいくらでもできる。探せばそれっぽい伝承もあるじゃろうし、古い工芸品などで太陽を模したもの探してもよいしな……まぁ、リリア嬢も貴族とあらば、時にはそれっぽい嘘をもっともらしく付けるようになっておくべきじゃな」
そう言っていたずらが成功したような顔で笑うラグナを見て、リリアは素直に感心したような表情を浮かべた。
リリア自身が嘘が付けない性格なのもそうだが、なんだかんだとこれまで千年以上国王を務めあげてきたラグナの強かさを見た思いだった。
「さすが、国民に強く推される国王なだけありますね。見事な手腕です」
「……はぁ、ほんと国王辞めたいんじゃけどな。いまというか、今日はずっと過去最高に辞めたい気分じゃ……」
まだ、今日という一日が終わったわけではないので油断はできないが、それでも大きな局面をひとつ越えたこともあって、少しだけ両者の表情は穏やかだった。
シリアス先輩「……楽観フラグ三銃士のひとりが、なんか終わった感出してる……あっ(察し)」




