シャローヴァナルとの建国記念祭夕方⑤
ハイドラ王国の王城にある国王ラグナの執務室。建国記念祭のパーティ開始時間も段々と近くなってきている中、その場では現在ある攻防が行われていた。
「ラグナ陛下……お話が……」
「うん? なんじゃ、リリア嬢? ワシとリリア嬢の仲じゃ、『帰りたい』以外ならなんでも聞くぞ」
「…………とても体調が悪いので、これは何か大きな病気に罹ったかもしれません。退室させていただきたいと思うのですが……」
「ははは、面白い冗談じゃ……時空神様の本祝福を受け、伯爵級に匹敵する戦闘力と耐性を有するリリア嬢には、十魔の一角たるパンデモニウム様の病魔すら効かぬじゃろうて……」
「……」
「……」
なんとも言えない表情で見つめ合うふたり、互いに微笑みを浮かべてはいるがどこか一触即発の空気があった。
そして、少しの沈黙が流れたのち……リリアが弾かれたように部屋の出口に向かって走り出すが、素早く動いたラグナがそれを食い止める。
「精神的なものは別なんですよ!! 帰してください!!」
「そこをなんとか! まだおってくれ、頼む!!」
「今回の件には私関係ないじゃないですか!? もう本当に、胃が痛いので帰らせてください!」
「そう言わずに、なっ! ワシとリリア嬢の仲ではないか……こんな恐ろしい状況にワシひとりを残さないでくれ……いや、本当に!!」
たしかにリリアの言う通り、今回の件にリリアは関係ない。あくまでハイドラ王国側の問題なので、リリアが付き合う理由はラグナが頼み込むからというものしかない。
それはラグナも理解しているが、だからといってここでリリアを逃すわけにはいかない。特にエデン……マキナが出てきた以上、リリアには何としてもこの場に居て欲しかった。
「さっきのやり取り見たじゃろ!? エデン様は、ワシとリリア嬢じゃ対応が明らかに違っておったし、あのお方からある程度譲歩してもらえそうなリリア嬢には、なんとしてもこの場に居てもらいたいんじゃ!!」
「それ、またエデン様……マナ様が来たら、私が対応するってことじゃないですか!?」
「頼む! この通りじゃ!! 礼は後日十分にするから、ワシを助けると思って……」
「ぐっ、うっ……」
床に頭を擦り付けるようにして頼み込んでくるラグナを見て、リリアはなんとも言えない困った表情を浮かべていた。
そもそもではあるが、リリアは人がいい。それなりに親しくしているラグナに必死に頭を下げられれば、それを無下にすることはできない。
結局リリアはしばしの攻防の後、諦めたように息を吐いてこの場に留まることを了承した。なお、この次元は本来のものでないため、当然ではあるが本来の次元においていまラグナが口にした「十分な礼」が果たされることは無いのだが……。
「……とりあえず、マナ様がいらっしゃる場所には他の者は近付けさせないのがいいでしょう。あのお方は本当に加減をしない方なので……」
「そうじゃな……土地を一部使うと言っていたが、どのぐらい使うのかを知りたいところでは――うん?」
「……これは、地図? ああ、印がしてありますね。この場所を使用するという形では?」
タイミングを見計らったようにラグナの机の上に、マキナから「この土地を使う」という印の入った地図が届いた。
それは非常に助かると思いつつも、リリアもラグナも……マキナがここまでこちらを気遣った配慮をしてくれたことに疑問を覚えていた。宿ぐらいこっちの事情などお構いなしに作りそうな気がしていたからだ。
「エデン様の性格を考えると少し意外じゃったが、これは助かる。王都の一部のようじゃが、とりあえずこの範囲は立ち入り禁止にして……うん?」
「また、地図――え?」
「――は?」
ラグナがホッと胸を撫で下ろした直後、「訂正」と大きく書かれた地図がふたりの前に現れた。
「……あの、リリア嬢。ワシもう歳かのぅ、目が悪くなったみたいじゃ……範囲が、えげつないほど広いんじゃが……」
「広いですね。先ほどは王都の地図だったのに、いま送られてきたのはハイドラ王国全体の地図ですし……」
「これ、下手な都市はすっぽり入りそうな規模じゃし、複数個所指定されてるんじゃけど……」
「そうですね……」
新しい地図は、シャローヴァナルによる追加要求「富士山ドーンの景観」を満たすためのものであり、当然範囲は宿だけを作るより桁違いに広がる。
リリアとラグナは顔を見合わせ、ふっとどちらからともなく笑みを零し、直後に再び逃げようとしたリリアをラグナが止める。
「帰してください!!」
「頼む! 居てくれ! 完全に不測の事態じゃから!!」
シリアス先輩「そういえば、リリアマジでなにも関係ないんだった」
???「まぁ、ラグナさん側から見ると、クロノアさんの本祝福があって神族との交渉にも強く、マキナがある程度譲歩したり柔らかく対応してくれる人材であるリリアさんには、なんとしてでも居て欲しいんでしょうし、完全に巻き込まれた形ですね」
シリアス先輩「さすが、最強の胃痛戦士は胃痛力が違う」




