そして胃痛は続く
ハイドラ王国の王城の執務室は、いまなんとも言えない重い沈黙に包まれていた。その理由は単純明快で、今まさに唐突に現れた教主オリビアの存在だった。
当たり前ではあるが、王城には極めて強力な転移阻害術式が施されており、直接転移して現れたというのも驚く要因のひとつではある。だがそれ以上に人界の歴史を見ても、教主が特定の国の王城を訪れたのは初であり、正直何をどう切り出せばいいのか分からない状態だった。
そんな中でオリビアは冷静に周囲を見渡したあとで、軽く頷いたあとでラグナの方を見る。
「唐突な訪問、謝罪します。勇者祭以来ですね、ラグナ・ディア・ハイドラ」
「え、ええ、ご無沙汰しております。その、失礼ながらどうやってここに転移を?」
「シャローヴァナル様のご厚意により送っていただきました。建国記念祭という時期もあり、挨拶を手早く済ませるようにとの思し召しかと……」
「な、なるほど、シャローヴァナル様の……それであれば、転移阻害術式を無視したのも納得です」
オリビアの立場が非常に難しいこともあって、ラグナもかなり緊張した様子で言葉を選びながら発言している。
ただ内心ではかなり意外に思っていた。オリビアが自分に対して挨拶に訪れるとは、予想していなかったからだ……。
「今回は突然の来訪失礼しました」
「ああ、いえ……」
「……」
「えっと……」
「ラグナ・ディア・ハイドラへの挨拶も終わりましたので、続けてリリア・アルベルトに挨拶をさせていただきます」
「へぁっ!?」
淡々とした様子で告げるオリビアの言葉を聞いて、心底驚愕したのはリリアである。「なぜ私に!?」と顔に書いているかのような表情を浮かべていると、オリビアが近づいて来て口を開く。
「以前の白神祭ぶりですね。あの際には直接挨拶をすることはできませんでしたが、神界と関わりが深くシャローヴァナル様からも特別な下賜を受けるほど評価されている貴女には、是非挨拶をと思っていました」
「あ、は、はい。えと……お、恐れながら、シャローヴァナル様からの特別な下賜とは?」
「シャローヴァナル様より天に浮かぶ城を賜ったのでしょう。極めて栄誉なことであると同時に、シャローヴァナル様のお心に深く感謝しなければなりませんよ」
「………………はい」
リリアは様々な言葉や思いを呑み込んだ。あの城はたしかにシャローヴァナルから下賜されたと言っていいが、実際は快人の誕生日に使った会場であり、快人がいらないと言ったからたまたまリリアに渡されただけ……別にシャローヴァナルがリリアに対して褒美を与えたとか、そんなわけでもない。
だが、そんなことを口にできるわけがない。目の前にいるのは友好都市のトップであると同時に、シャローヴァナルを信仰するこの世界において唯一にして絶対の宗教のトップでもある存在。そんな相手を前に迂闊なことは言えない。
ついでに言えば、リリアはオリビアと言葉を交わしたのはこれが初めてであり、彼女の人となりが現時点ではわからない。分かっているのはシャローヴァナルに対し強い信仰心を持っていることであり、不興を買いかねない発言は避けるべきと判断した。
キリキリと痛む胃を押さえながら、早く会話よ終わってくれと願いながら話す……先ほどのラグナとのやり取りを見ても、オリビアが余計なことを話さない性格なのは分かった。だからきっとこの会話もすぐに終わるはずと……もちろん、そんなリリアの願いが叶うはずもない。
「貴女のことはミヤマカイト様からも伺っております。ミヤマカイト様の恋人でもあるとか……」
「あ、はい。その通りです」
「素晴らしいことですね……ふむ……」
一言告げたあとなにかを考えるような表情を浮かべるオリビアを見て、リリアはさらに緊張を深くする。いまの発言から、快人が関連した会話に発展したことは理解した。そうなるとなにが起こるか予想できない。
対してオリビアは思案していた。それは、少し前にシャローヴァナルより言われた快人をデートに誘うということだ。その際のデートプランもオリビアが考えるようにとシャローヴァナルより厳命を得ており、オリビアとしては書物によって知識を得たり、知り合いである香織に相談したりしてプランを考えようと思っていた。
そんな彼女が今話しているのは快人の恋人であるリリア……快人とデートするにあたって、これ以上に相談するのに適している相手はいないのではないかと考えた。
(……もしや、シャローヴァナル様はそれもすべて見越した上で……流石は、偉大なる世界の神。その眼は遥か未来を見つめておられるのですね)
今回偶然にもリリアと挨拶をして面識を得ることができたのも、シャローヴァナルの思惑であるとそう結論付けたオリビア……もちろん単なる偶然であり、シャローヴァナルはそこまで考えていない。
「……リリア・アルベルト。貴女とは個人的にいろいろ話をしたいと思っております。この建国記念祭後に時間を作っていただけませんか?」
「はへ? あ、はは、はい! も、もちろんです!!」
「感謝を……」
もちろんリリアの方にオリビアの心情を知る術はなく、積極的に交流を持とうとしてくるオリビアに対し、彼女の心は「なんでぇぇぇ!?」というような悲痛な叫びに包まれていた。
胃の痛みは、まだしばらく収まりそうには無かった。
シリアス先輩「やっぱなんか呪われてるとしか思えないような胃痛ブラックホール……さらっと、香織にも胃痛フラグ建ってる気がするけど、それでも最強の胃痛戦士はやはり格が違う」




