もうひとつの建国記念祭⑥
まぁ、出発の方法がパターンAであれBであれ、そこまで大きな違いはないだろう。結局のところ建国記念祭が非常に賑わうので、現地で合流というのはなかなか難しいだろうし必然的に事前に合流する形になりやすい。
いや、シロさんならどうとでも合流はできるだろうが、それでも別になにかがおかしいとかそういうわけではない。
美味しい朝食を食べ終えたあとは少し雑談をして、丁度いい時間になったら出発する。
「そろそろ開催の時間が近いですし、現地に向かいますか?」
「そうですね。確かに良い頃合いかもしれません」
俺の提案にシロさんが頷き、座っていた席から立ち上がる。するとテーブルや椅子は消えて、出発の準備は一瞬で整った。
あとはシロさんの転移で現地に向かうだけなのだが……シロさんはじっとこちらを見ているだけで転移を行う気配がない。
ちなみに自力での移動は不可能だ。神域は強力な転移阻害があるので普通の転移魔法具は使えない。俺の部屋にある門の魔法具は神域に転移可能だが、神域からは戻ることしかできず他の場所に転移というのはできない。
「……あの、シロさん? 出発しないんですか?」
「しますが、その前に重要なことを忘れてはいませんか?」
「え? 重要なこと、ですか?」
なんだろう? パッとすぐには思いつかない。ただなんとなくここまでのシロさんとの付き合いの経験から、変なことを言い出したのは分かった。
「行ってきますのキスがまだなので出発できません」
「……んん?」
おっとそう来たか、なるほど、なるほど定番といえば定番だ……突っ込んでいいかな? それ、どっちか片方だけが出ていって、片方が見送るパターンの時に適応されるやつじゃないか!?
少なくともこれから一緒に出掛けようというタイミングでする感じのやつではない。
「ふむ、そうなのですか?」
「いや、まぁ、同棲というよりは新婚を想定してる気もしますけど、出かける際のシチュエーションとしては確かにありがちというか、定番でしょうね。けど、ふたりで一緒に出掛ける際に適したやつではないですね」
「単純に出かけると言っても、条件によってさまざまなのですね。なるほど、なかなか難しいですね」
「ですね。じゃあ、疑問が解決したところで出発しましょうか?」
「いえ、まだ行ってきますのキスが終わっていないので出発できません」
……おかしいな、話がループしてるぞ? いま俺は今回のシチュエーションにおいてそれは適切ではないと説明して、シロさんも納得して頷いてくれた。
なのになんでさっきとそっくりの言葉が返ってくるのか、先ほどの「なるほど」はなんに対しての言葉だったんだ!?
「いえ、快人さんの言わんとすることはしっかり理解しました。今回のシチュエーションにおいては適切ではないということも含めて」
「え? じゃあ……」
「それはそれとしてキスはしたいので、理解したということとキスをしないというのは別の問題です」
「……」
いまおそらく俺は絶句という言葉が似合う顔になっているだろう。理論もなにもなく、単純に正面からパワーでぶち破る様な返答はいっそ清々しさすら感じる。
俺の言うことは全てしっかり理解したが、それはそれとしてキスはしたい……そう言われてしまうと、こちらとしては反論の余地が無い。
「……」
「……えっと、じゃ、じゃあ、ちょっと失礼しますね」
「ちょっとと言わず存分にどうぞ」
「いえ、ちょっとで……」
じっとこちらを期待するような目で見つめてくるシロさんを前に俺は敗北を認めた。そしてシロさんの要望通り肩に手を置き、そっと顔を近づけて軽く触れるだけのキスをした。
行ってきますのキスというのであればこれぐらいが適切だし……あと、シロさんとのキスはなんか気持ちよすぎて、事前にしっかりどのぐらいで止めるかを意識しておかないと歯止めが利かなくなるので危険である。
「別に止める必要はないのでは? これは、貴方が自由できる権利を持つ唇ですよ?」
「……と、とりあえず出発しましょう!」
「ふむ、分かりました」
平然とそういうことを口にするのがシロさんの魅力であり恐ろしいところだ。少し顔が熱くなるのを感じつつ、改めてシロさんと共に建国記念祭の行われているハイドラ王国へ向かった。
シリアス先輩「な、なんて不意打ちをしてきやがる。しょ、しょっぱなから飛ばしているというか、やっぱりコイツは危険だ……」




