もうひとつの建国記念祭②
シンフォニア王国にあるアルベルト公爵家の執務室では、書類仕事を終えたリリアが軽く息を吐く。するとそのタイミングでルナマリアが紅茶をリリアの机の上に置く。
「お疲れ様です、これでひと段落ですね」
「ええ、ルナも遅くまでありがとうございました」
「ふふ、残業代を期待してますよ。あと今日は泊っていくつもりで母にも伝えているので、部屋貸してください」
「ああ、それならアオイさんとヒナさんの部屋の隣の客室を使っていいですよ」
「おっ、いい部屋じゃないですか、それはよく眠れそうです」
ルナマリアは普段家から通ってはいるが、事後とが多い時期などは泊ることもある。彼女はリリアの専属メイドなので、基本的にリリアが忙しいタイミングでルナマリアも忙しくなる。
今回は明日からハイドラ王国の建国記念祭に参加するため、いくつかの仕事を前倒してやる必要があったので、その関係で仕事が普段より多かった。
「とりあえずこれで、建国記念祭前に片付けておくべき仕事は終わりましたね」
「そうですね。今回のハイドラ王国の建国記念祭には転移魔法で直接首都に行けますし、あまり時間はかからないのが幸いですね。この時間に終わったのであれば、今日はゆっくり眠れそうです」
通常建国記念祭の際は首都全体にテロ防止も兼ねて転移阻害の結界が貼られるため転移魔法で直接向かうことはできないのだが、ハイドラ王国は三国内で最も先進的な国であり、それはいろいろな部分で現れる。
今回も都市型結界魔法の最新式の術式を用いることで、一部区間に関しては国が事前に用意した通行認識用の魔法具を持つことにより転移が可能になるという新技術を導入してきており、そのおかげで前日入りなどをする必要が無かった。
「あとは、当日に何も起こらなければいいですね、お嬢様?」
「不安になるような言い方はやめてください。まぁ、今回は大丈夫ではないですか? 初代勇者様のメッセージ公開は大きな注目でしょうが、特にカイトさんが関わったりしている様子もないですし……」
「ミヤマ様が関わると、無事には終わらないようなことを言いますね。いや、概ね同意なのですが……」
「いや、なんというか、カイトさんが関わると当初の予定にない突発的な事態が発生しやすいような気がするんですよ。実際それさえなければ大丈夫なはずです。参列者は事前に分かっていますし、式典の進行もしっかり決まっていますので不測の事態は通常起こりえない……筈なんですがねぇ」
そう、建国記念祭は国にとってかなり大きな行事であり、当然どの国も万全の準備をして臨む。そうそう不測の事態など起こりえないし、起こったとしても現場で十分対応可能なレベルであるはずだ。
ただ快人が関わると、六王や最高神といった影響力が大きすぎる存在が動く可能性が高く、数多の対策が水泡に帰することも珍しくはない。
「ですが、今回カイトさんは出店ではなく普通に祭りに参加するだけですし、一緒に周る相手も事前に決まっているわけですから、そこが増えたりという事態は考えにくいですし、カイトさんの店に行くといったような名目が無い限り、六王様や最高神様と言った方々が不意に訪れるようなことにもならないでしょう」
「確かに、そういう意味では今回は安心かもしれませんね」
「ええ、だから私も気軽に………‥‥…あれ?」
「お嬢様?」
今回は大丈夫だろうと穏やかな微笑みを浮かべかけたリリアだったが、途中でなぜか言葉は止まり、少しして難しそうな表情で首を捻った。
その様子が気になったルナマリアが尋ねると、リリアはどうにも不安げな表情で口を開く。
「……えっと、ルナ? 今回カイトさんが、建国記念祭を一緒に周るのって……『誰でしたっけ?』」
「え? なにを言っているのですか、お嬢様。今回はミヤマ様がちゃんと事前に話してくれたじゃないですか、ほら……えっと……おや? おかしいですね。記憶力には自信がある方ですが、ド忘れしてしまったようです。なんでしたら、聞いて来ましょうか?」
「ああいえ、カイトさんももう寝ているかもしれませんしその必要はないですよ。私も思い出せませんが、事前に聞いているのは間違いないですから、大丈夫でしょう」
ふたりが快人の同行者を思い出せないのは必然だった。なぜならふたりは、確かに快人から事前にハイドラ王国の記念祭を『アリスと周る予定』だと連絡を受けていた。
だが、この次元においてはその前提が変わるため『快人が誰かと周ることは分かっているが、誰と周るのかを思い出せない』という状態になってしまっていた。
だが、それでも、リリアとルナは楽観視していた。なぜなら事前に聞いて問題ないと判断しているのだからと……『シロが快人へ別次元を作り出して一緒に周る方法を提示したのは、快人がリリア達への報告をした後』だったとは、知らないまま……。
シリアス先輩「なるほど、記念祭前日までの記憶はあるが、『アリスと周る』って部分だけ曖昧になってる感じか……しかし、さすが最強の胃痛戦士……リリアが楽観視していると胃痛の法則は健在か……」




