胃痛の祭典の終わり⑩
アルクレシア帝国皇城にある客室で待機していた香織と茜の元に、パーティを終えたクリスがやってきた。
「おふたりとも、長らく待たせてしまって申し訳ありません」
「あっ、いえ、大丈夫です。クリスさんこそ、お疲れ様です」
「私たちはのんびり、食事とか出してもらってもてなしてもらいましたし……実際、祭りに関しては目ぼしいところは回り終えてたので、大丈夫ですよ」
謝罪するクリスに、香織がすぐに返答し、茜も相手が皇帝ということもあって敬語で告げる。
本来の予定であれば、ある程度のタイミングで香織と茜は解放する予定だった。ただ想像以上にクリスが忙しく、香織たちの元を訪れる余裕が無かったため、パーティの終了まで待たせることになってしまった。
ただメイドたちに可能な限りもてなしはするようにを伝えておいたので、ふたりは宮廷の料理や美味しいお菓子などを味わいつつのんびり過ごしていたので、むしろ快適だったぐらいである。
「……それにしても、カオリさんとこうして会うのは久しぶりですね。立場上中々友好都市には足を運ぶ機会が無かったのですが、店の方は順調ですか?」
「あ、はい。クリスさんがいろいろ助けてくれたおかげで、順調……え、ええ、とても順調です……今後もある意味順調になりそうで、お腹が痛いです」
順調といえば間違いなくそうだろう。教主オリビアが常連となり、戦王メギドもまた今度訪れると宣言しているわけなので、知名度は上がりそうではある。香織としては胃の痛い話ではあるが……。
手紙のやりとりである程度は知っているクリスは、同情したような共感したような苦笑を浮かべる。
「カオリさんの気持ちは、正直よく分かります」
「……クリスさんも今日は大変でしたよね」
「ええ、ですが、利も非常に大きいのです。今回の件で、アルクレシア帝国は神界と交流が深いと印象付けることもできましたし、経済的にはむしろ願ってもない状況です。まぁ、カオリさんと同じく胃は痛いですが……」
実際、今回の建国記念祭に関しては結果だけ見ればクリスにとっては願っても居ない形となった。最高神全員が式典に参列し、最後にはシャローヴァナルまで首都を訪れ……意図は違うとしても、祝砲のように花火を上げて帰っていった。
神界と友好な関係を築けていると認識されるのはありがたい上、どちらかと言えば六王と関わりが強い印象のシンフォニア王国との差別化もできる。
フェイトが加護を行った地などもあるので、経済的な効果は計り知れない。クリスが願っていた通り、アルクレシア帝国は間違いなくこれから好景気に突入すると確信できた。
まぁ、もちろんこれでもかというほどアクシデントがあった上に、最後はシャローヴァナルまで現れるという事態に発展したので、胃はキリキリと痛いが……それを必要経費と考えても、国としては大きすぎる利益を得ている。
さらに貴族たちの間では快人のブランドマークの入った陶磁器が切っ掛けで、陶磁器類のブームも来そうな雰囲気がある。アルクレシアにはドワーフ族が多い関係もあって、そういった工芸品には強いので景気のいい追い風にもなりそうだ。
「まぁ、おふたりともそろそろ日も暮れますし、よろしければ部屋を用意するので泊って行ってください」
「あ、はい。あっ、いや、私は大丈夫なんですけど、茜さんは?」
「ウチも大丈夫や、問題ないわ」
ふたりの返答を聞いてクリスは微笑みを浮かべて頷いたあと、ふと思いついたように茜に声をかける。
「そういえば、アカネさんでしたっけ? もしかして、三雲商会の?」
「おや? ご存知でしたか?」
「ええ、個人的に注目している商会でしたので……なんでも最近面白いアクセサリーを取り扱い出したとか? よろしければ、交渉も含めてお話をしたいところですね」
「……さっすが、耳が早いですね。ええ、あの商品はターゲットはそれなりに裕福な相手になりそうですし、お話は聞いてみたいですね」
クリスの発言に感心したような表情を浮かべつつ、さすがは商売人というべきか茜は頭の中で計算をしていた。
快人から委託されている竜王の鱗を使ったアクセサリーのターゲットを考えると、貴族文化が強いアルクレシア帝国は適した販売先といえたので、この交渉は望むところといった感じで笑みを浮かべ……同時に先ほどまでの胃痛に悩むような表情から、賢帝としての顔に瞬時に変わったクリスを見て感心したような表情を浮かべていた。
シリアス先輩「胃へダメージは大きいが、それでも余裕でおつりがくるレベルの利益をもたらすさまは、まさに世界の特異点」