アルクレシア帝国建国記念祭⑦
アルクレシア帝国の建国記念祭での出店だが、しょっぱなからなんとも妙な展開になってきていた。いや、最初は順調だったんだ。普通に出店を始めて、最初のお客さんが来ていきなりネピュラ作のティーカップセットが売れるという順調な滑り出しだったのだが……。
そこへ唐突に登場したのがフェイトさん……そしてそれを追ってきたであろう、クロノアさんである。状況はふたりのやり取りを聞けばすぐに察することができた。要するにフェイトさんが城に着くなり姿をくらませてこちらに来たので、クロノアさんが追って来た形だろう。クリスさん、今頃頭抱えてそうだ。
だが、それ以上にいま優先すべきことは、フェイトさんとクロノアさんに挟まれて死にそうな顔をしているお客さんを救い出すことだ。そりゃいきなり最高神がふたり現れて、自分を挟んで言い合いを始めたらビックリするだろう。
「おふたりとも、落ち着いてください。そこのお客さんが困ってますから……」
「んえ? あっ、本当だ……いや、ごめんごめん。いまこの出店には周囲から注意が向かないように運命を操作してたんだけど、最初っから出店に居た子は対象外だね。時空神の登場に驚きすぎて、気付かなかったよ」
「む? すまん、我も頭に血が上っていたようだ……驚かせて悪かった」
「あ、いい、いえ!? そそ、そんな、まっ、まったく気にしていませんので!?」
俺が声をかけるとフェイトさんもクロノアさんもすぐにお客さんに気付いたみたいで、バツの悪そうな表情を浮かべてお客さんに謝罪した。
まぁ、最高神に謝罪された側であるお客さんは、とんでもない顔で恐縮しまくっていたけど……。
「驚かせてすみません。大丈夫ですか?」
「はっ、はい! まったく、もも、問題ありません!? ここ、こちらこそ買い物を終えたにもかかわらず、素早く離れずにご迷惑を……」
どうも人のいい方のようで、感応魔法で伝わってくる感情には罪悪感のようなものが強く表れており、自分が早く店先から離れなかったせいで混乱を招いてしまったと考えている感じだった。
いや、まぁ、唐突に最高神がふたりも登場すればそうなるか……とりあえず、迷惑をかけちゃったわけだしなにかお詫びでも……いいものがあったかな? あっ、そういえば……。
「驚かせてしまったお詫びに、よろしければこれを貰ってください。単なるお守りのようなものですが、よろしければ……」
「あ、そっ、そんな……気を遣わせてしまって、こちらこそ申し訳ありません。ですが、受け取らないのも失礼でしょうか……それではありがたく頂戴いたしますね」
「はい。今日は、お買い上げありがとうございました」
お詫びとして渡したのはマグナウェルさんの鱗を使って作ったアクセサリー……の試作品である。アリスに加工をお願いした際に、いくつかのデザインを作って提案してくれて、正式採用はしなかったものを持っていたのでそれをお詫びにプレゼントした。
不採用のデザインと言うと聞こえは悪いが、実際は正規品より鱗を多く使って装飾も豪華なのだが、その分単価が上がってしまいそうだったので不採用にして、もっとシンプルなデザインを正式採用したのでちゃんといいものである。
お客さんはかなり恐縮しつつもアクセサリーを受け取って、何度も頭を下げてから去っていった。ネピュラの作ったティーカップをかなり褒めてくれてたし、いいお客さんだった。
「……えっと、それで改めて、なんとなく状況は分かりますが……おふたりはなにをしに?」
「カイちゃんの店に遊びに来たよ~」
「まぁ、分かっているとは思うがこ奴がアルクレシア皇帝との対談中に消えたので、追いかけてきたわけだ」
うん。まぁ、やっぱり予想通りだった。もう手に取るように状況が分かる。フェイトさんは抜け出して、ライフさんは寝て、クロノアさんが呆れつつクリスさんとやりとりをしている光景が目に浮かぶようだ。
「ともかく、戻るぞ運命神」
「待ってよ時空神。せっかくカイちゃんの店に来たんだよ? なにも買い物せずに帰るなんて、カイちゃんに失礼だし、それはひいてはシャローヴァナル様にも失礼ってことじゃないかな?」
「むっ……ぐっ……いや、確かに、どんな形であれ店に訪れたのなら、何もせずに帰るのは冷やかしか?」
クロノアさんが真面目過ぎるせいでなんか言いくるめられてる。いや、まぁ、商品買って帰るぐらい大した時間はかからないだろうし、なにか買うぐらいならいいのか?
「というわけでカイちゃん! なんか、食べ物とか飲み物とかない?」
「……この店頭見てよくそんな注文が出てきますよね。いちおう、世界樹の果実のドリンクならありますけど……」
「あっ、じゃあ、それちょうだい!」
「……ツッコミを入れるべきか、聞かなかったことにするべきか……」
別に店で売っているわけでは無いが、マジックボックスにたくさんあるので世界樹の果実のドリンクを取り出す。要するにフェイトさんは、俺の店で買い物をするという行為をやりたいだけなので、別に商品はなんでもいいのだろう。
とりあえず、普通の世界樹の果実ドリンクか、ネピュラの世界樹の果実ドリンクか、どっちがいいか選んでもらおう。
シリアス先輩「一点物の竜王の鱗を使ったアクセサリーをプレゼントすることで、モブ令嬢への胃痛フラグを、世界樹の果実ドリンクをフェイトに売ることでクリスへの胃痛フラグを……胃痛の悪魔かコイツ?」