アルクレシア帝国建国記念祭⑥
品質に対してあまりにも安い価格に驚愕はしたものの、だからといって目の前のティーカップは快人の家で生産したものであり、一般販売されているものでもないため値段の決定権は快人にあるので、当然ではあるが令嬢が文句を言うことはできない。
むしろ、いい品質のものを安く手に入れられると考えれば幸運でもあるのだが、それでも申し訳ないと感じてしまうのは令嬢が善人だからだろう。
「……では、このティーカップのセットを頂けますか?」
「はい。ありがとうございます。袋に入れましょうか?」
「ああ、いえ、マジックボックスがありますので大丈夫ですわ」
迷いはしたものの、これ以上店頭でアレコレ考え込んでいても失礼だと判断したのか、令嬢は快人の提示した1000Rという金額を払ってティーカップのセットを購入した。
(あまりにも安価すぎて申し訳なくは感じてしまいますが、そもそもミヤマカイト様は並の貴族とは比べ物にならない財力をお持ちのお方。そう考えると、この出店は一種のお遊びの一貫と捉えるのが正解でしょうし、売上にはあまり拘っていないのかもしれませんね。ともかく、素晴らしいティーカップが手に入りました。お父様やお母様もお喜びになることでしょう)
いろいろ混乱はあったものの、いい物を手に入れられたというのは間違いない。快人のブランドの品となれば、社交界でも一目置かれることは間違いないだろうし、侯爵家という立場で考えても個人として考えても、周囲に誇れる品であることは間違いない。だからなにも問題は無いのだと、令嬢が心の中で己にそう言い聞かせた直後、優し気な笑みを浮かべて、快人が小さめの木箱を差し出した。
「こちらはご購入いただいたおまけです」
「……おまけ、ですか?」
「ええ、これもうちで作ったものですが、細工砂糖の詰め合わせです。中に説明も入っていて、かなり綺麗なのでよければ紅茶を飲む際にでも使ってください」
「それはまた、ご丁寧にありがとうございます」
差し出された木箱を受け取った令嬢は、快人に対して丁重に頭を下げてからチラリとその木箱を見る。
(驚くほどに質のいい木箱ですね。それに細工砂糖……そういえば、シンフォニア王国のさる高位貴族の催した茶会で、それは見事な細工砂糖があったという話を聞いた覚えがありますね。その貴族も細工砂糖は偶然手に入れたもので、市販しているような品ではないとのことでしたが……もしかして、これがそうでしょうか? 可能性は十分にありますが……ここで箱を開けて確かめたりするのは無礼でしょう。確認は家に戻ってからですね)
そう結論付けて令嬢は木箱をマジックボックスの中にしまった。これで無事に買い物は終わり、緊張しつつもいい買い物ができたと、令嬢が去る前にお礼の言葉を告げようとした瞬間、明るい声が聞こえてきた。
「カイちゃ~ん! 来たよ~」
「え? フェイトさん!?」
「……!?!?!?」
唐突に真横に現れた宙に浮かぶクッションに乗った存在を見て、令嬢は思わず悲鳴を上げそうになった口を咄嗟に手で覆う様にして抑えた。
(あばばばば……う、ううう、運命の女神様ぁぁぁぁぁ!? なっ、なな、なぜこのような場所に……って、間違いなくミヤマカイト様に会いに来たのですよね。こっ、これはいけません。このような場にとどまっていては、ミヤマカイト様だけでなく運命の女神さまの邪魔にもなってしまいます。幸いこちらに関心は向けていない様子なので、そっとこの場を離れて……)
フェイトの登場に心臓が飛び出そうなほどに驚きつつも、不興を買ってはならないと必死に声を出さないように口を押え、そっとその場から立ち去ろうとした令嬢だったが、そんな思いをあざ笑うかのように、今度はフェイトの方を向いていた令嬢の後方から新たな声が聞こえてきた。
「運命神! 貴様、ふざけた真似をしてくれたな!!」
「げっ、時空神!? もう来たの?」
「当たり前だ! この大たわけが!!」
令嬢の後方に現れたのは最高神のひとりであるクロノアであり、フェイトとクロノアというふたりの最高神に挟まれる形となった令嬢は心の中で悲鳴を上げた。
(ひぎゃぁぁぁぁ!? と、とと、時の女神様までぇぇぇ!? なっ、なな、なんですかこの状況……どどど、どうすれば……)
あまりの状況に助けを求めるように令嬢が視線を動かすと、離れた場所でそっぽを向いている護衛のメイドの姿があった。流石に最高神が2人登場という事態に関わりたくは無いようで、離れた場所で他人の振りをしている様子だった。
取り残された令嬢は、何度目か分からないキリキリ痛むお腹に手を当て、死んだ魚のような目で天を仰いだ。
シリアス先輩「この畳みかけるような攻勢。なにがなんでも胃を破壊するという強い意志を感じた……そして不憫過ぎるだろモブ令嬢」
???「まぁ、たぶんカイトさんが助けてくれるので大丈夫ですよ……原因辿れば元凶はカイトさんですけど……」