妹思いの兄だった
本日は二話更新です。これは二話目なのでご注意を。
俺の部屋を訪ねて来た国王陛下は、丁重に挨拶をしてから部屋の中に入ってくる。
そして鋭さと穏やかさが混ざったような目を向け、ゆっくりと口を開いた。
「……ミヤマ殿、無礼かもしれないが言葉を崩しても構いませんか?」
「え? あ、はい。むしろ殿とかも不要です」
「そうか、ありがとう。では、ミヤマくんと呼ばせてもらう事にする。私の事も、国王陛下では無くライズと名で呼んでくれ」
「はい」
国王陛下……ライズさんは、そう言って恐らく素であろう口調に戻り、真剣な表情で俺を見つめる。
「さて、急に訪問した本題に移ろう」
「はい」
そう前置きしてから、ライズさんは俺の前まで移動し、両膝を地面について深々と頭を下げた。
「改めて、謝罪をさせて欲しい。本当に申し訳なかった」
「なっ!? え? か、顔を上げて下さい! 謝罪なら先程頂きましたから!」
「いや、アレはあくまで『シンフォニア国王としての謝罪』だ。国を背負っての謝罪では、真に誠意あるものとは言えない……王威を脱ぎ捨てて謝罪してこそ、意味がある」
「わ、分かりました! ライズさんの気持ちは十分に伝わりましたから! 顔を上げて下さい!」
ライズさんは今、国を背負う王としてではなく一人の人間として謝罪をしている。
国益等の為では無く、心から謝罪したいと……その気持ちは大変嬉しかったが、自分より10歳以上上の相手に土下座されているというのは、むしろこっちの方が申し訳なくなってしまう。
ともかく謝罪を受け入れると告げると、ライズさんはそのまま数秒頭を下げた後、ゆっくり立ち上がった。
「……ありがとう。勇者召喚などと言う手段で、期間限定とはいえ慣れ親しんだ土地から離れ、見ず知らずの世界で強制的に過ごす不安。それを考えれば、あのような行動は決して取るべきでは無かった」
「……」
「そしてそんな事をしておきながら、君が強大な方々と知り合えば掌を返して謝罪……さぞ、滑稽に映るだろう。愚王と笑ってもらってかまわない」
「……何か、理由があったんですよね?」
「……」
ライズさんの語る言葉には、確かな誠意が現れており、感応魔法で読みとった感情も、深い後悔が現れている。
やはり、俺にはこの人がただ気に入らないからという理由であんな事をしたとは思えなかった。
「リリアさんが可愛いからって理由では無いですよね?」
「……リリアンヌの事は可愛いさ。本当に大切な妹だ……」
「でも、それがあの件の直接的な理由じゃない?」
「……女狐から少し聞いていたが、中々の慧眼を持っているようだ」
そう言って微かに溜息を吐いた後、ライズさんは部屋に備え付けられているソファーを見て、座っても構わないかと尋ねてきた。
俺がそれに頷くと、ライズさんはソファーに腰掛け、真っ直ぐに俺を見つめながら口を開く。
「……私は……君が怖かったのかもしれない」
「……怖い?」
「ああ、君だけではなく『過去の行いを調べる事が出来ない』異世界人が……アオイくんとクスノキくんだったかな? 彼女達にも改めて謝らなければならないだろう。余計な不安を与えて申し訳なかったと……」
「余計な不安、ですか?」
「……ドゥーカス伯爵に、彼女達に対して色目を使うように指示したのは私だ」
ドゥーカス伯爵? 誰だったっけ? ……ああ、神殿で会ったガマガエル伯爵か!?
って、え? ライズさんが指示を出した? どういう事?
「……それで怯えてくれれば、庇護する側のリリアンヌの立場も上がる。好色家の伯爵から、異世界の客人を守る元王女と周囲の覚えも良くなる。そうなればリリアンヌの立場も……」
「……」
「怒りは尤もだ。話が終わった後、君が私を殴りたいのであれば受け入れよう」
リリアさんの地位向上の為に楠さんと柚木さんを利用したと告げるライズさんの言葉を聞き、俺は知らず知らずの内に怒りの籠った目を向けていたみたいだ。
ただやはりライズさんからは深い後悔が伝わってきており、頭ごなしに怒鳴りつけるという事も出来なかった。
「……本当に私は余裕が無かったのだろう。己の子と変わらぬような君達に対し、不安を煽るような馬鹿な真似をしたと、今さらながら後悔している……言い訳にしか聞こえないだろうがね」
「……いえ、ライズさんが本当にそう思っているのは、分かります」
「……ありがとう」
そう言ってライズさんはもう一度俺に頭を下げてから、どこか遠くを見つめるような目になる。
「……私は、本来王の器などではない。王とは国益……多の為に個を捨てられる者……そう言う意味では女狐……クリスなどは、王の器と言えるだろう」
「……」
「だが、私は駄目だった。私は国益よりも、リリアンヌを優先してしまう」
そこまで話した所で、ライズさんは視線を俺に戻し少し沈黙してから続ける。
「……私が側室の子だというのは、知っているかい?」
「……はい。リリアさんから聞きました」
「そうか……私は……昔は、リリアンヌの事を『疎ましく』思っていた」
「え?」
ライズさんが告げた言葉に驚愕する。
ルナマリアさん曰くシスコンとして有名で、実際今も国よりリリアさんの方が大切だと告げたライズさんが、リリアさんを疎ましく思っていた?
「私は平凡か、平均より少し上程度の才しか持っていなくてね。幼い頃から何年も何年も、遊びたい気持ちを抑えて将来王となる為に勉学に励んでいた。そして、それがようやく実を結び始めた頃……王妃の子であるリリアンヌが生まれ、彼女を王にという声が出始めた」
「……」
「その時は本当にリリアンヌの存在を恨んだよ。私はずっと努力してきたのに、今さら王になれないかもしれない……何年も積み上げたものが無に帰すかもしれない。それが腹立たしかった」
それは凄く難しい問題だと思う。
リリアさんはライズさんとどちらが王になるかで少し揉めたと言っていたが、実際はかなり王妃派と対立したのかもしれない。
「……結局、リリアンヌは幼く、父は少し体が弱く早めに王位を譲りたいという事もあって、私が王になる事になったが……私の不安は消えなかった」
「……」
「リリアンヌは、稀代の天才だった。私が何年もかけて学んだ知識も、培った技術も、あの子は瞬く間に身につけてしまった……怖かったよ。客観的に見て、私はリリアンヌに遥かに劣る。いずれ王の座から引きずり降ろされるのではないかと……」
リリアさんの事が怖かったと告げながらも、ライズさんの表情はどこか昔を懐かしむような優しげなものだった。
そして再び少し沈黙した後、ライズさんは優しく微笑みながら口を開く。
「……だが、リリアンヌは私を慕ってくれた。兄上、兄上と呼んで懐いてくれ、いつも私の事を気にかけてくれた。慣れぬ王としての職務で疲労し、私が体調を崩した時は付きっきりで看病してくれた。自分の愚かさに涙が出たよ……何故、私はこんな優しい妹を疎ましく思っていたのだろうかとね。それからだ、あの子が私にとって何物にも代えがたい存在となったのは……」
「……成程」
「それからはリリアンヌの事が可愛くて仕方が無くなった。あの子に恥じぬ王になろうと、今まで以上に努力した。何よりもあの子の幸せを願ったよ……年頃になったリリアンヌに婚約者をという話が出た時も、寂しくはあったが、リリアンヌが幸せになってくれるなら喜ばしいと……そう、思っていた」
リリアさんに婚約者候補がいたというのは、俺も知っている話だが、今のライズさんの表情を見る限り、どうもルナマリアさんから聞いた話とは少し違った側面がありそうな気がした。
「その婚約はリリアンヌが武術大会で準優勝した際に、怯えた相手から拒否されたらしいが……妙だと思わないか?」
「……え?」
「リリアンヌがいくら強かろうと、あの子は優しい子だ。何故怯える必要がある? しかも当時のリリアンヌは王女……是非婚約させてくれというのが普通だと思わないかい?」
「そう、言えば……」
確かに言われてみれば、リリアさんがいくら強くても、それを婚約者に向けるとは思わないし、王族であるリリアさんは貴族にとって最高の結婚相手の筈。
「私も気になって調べてみたが……どうも外面の良さで隠しつつ、裏で悪どい行いをしていたみたいでね。リリアンヌに怯えたと言うのは単なる口実で、正義感の強いあの子を御しきれないと見て、元々婚約は断るつもりだったようだ……まぁ、その相手には丁重に表舞台から退場して頂いたがね」
「……」
「……ただ、その件でリリアンヌはかなりショックを受けていた。優しいあの子にとって、誰かに怖がられたと言うのは本当に辛かったみたいで……部屋で声を殺して泣いていたよ」
俺がルナマリアさんからその話を聞いた時も、リリアさんは俺達に怖がられるのを嫌がっていた。
優しいリリアさんにとって、自分の力を他人に怖がられてしまうのは何よりも辛い事なんだろう。
「……だから、ライズさんは……」
「ああ、その件以降、リリアンヌに近付く男の素性を調べる事にした。兄である私が言うのもなんだが、あの子は本当に男運が悪いみたいでね。リリアンヌに寄ってくる男は、どれもこれも腹に一物抱えた者ばかりで……アレコレと牽制しておいた……まぁ、その時はまだ牽制程度だったがね」
「……」
「……君は、4年前の事件を知っているかい?」
「はい」
鋭い目に変わり尋ねてきたライズさんに、俺も真剣な表情で頷く。
4年前……リリアさんが師団長を務めていた騎士団が、情報をすり替えられた。
そしてその結果、大量の魔物の襲撃を受け、ジークさんが大怪我をする事になった事件。
「……私は、今でもあの時のリリアンヌの顔が忘れられない。声を失ったジークリンデに、涙を流し謝罪をしているあの子の悲痛な表情が……」
「……」
「そしてそれ以上に己の不甲斐なさを責めた。何故私はリリアンヌを守ってやれなかったのだ、王位継承に関して派閥が対立している事など把握していた筈なのに、なぜこうなる前に手を打てなかったのだとね」
強く拳を握り、唇を噛みしめながら告げるライズさんの表情は、本当に強い後悔に染まっている。
リリアさんの事が心から大切だからこそ、それを守れなかった自分が許せないと……
「その時、私は誓った。もう二度と、リリアンヌにあんな悲痛な表情をさせはしないと、王として失格でも構わない。誰にどれだけ恨まれても、リリアンヌを守り抜くと……それから、私はリリアンヌを傷つける可能性があるものは、あらゆる手段を使って徹底的に排除した。相手の素性を洗い、少しでも黒い部分があれば、一切の情もなく叩き潰した」
「……」
「何の因果かその相手は男ばかりでね。いつの間にか私は、リリアンヌに男が近付くと叩き潰すと噂されるようになっていたが、実際そのような感じだったと言えるね」
苦笑するライズさんの表情からは、確かな覚悟を見て取れ、ルナマリアさんから聞いて想像していたのとは違う思いを持った人だというのが理解出来た。
そしてライズさんは、どこか困った様子で頭をかきながら言葉を続ける。
「だから、異世界人であるカイトくん達は恐ろしかった。異世界人では素性を調べようがない。君達が善人なのか、それとも悪人なのかが分からなかった。ただ、今まで男ばかりが排除の対象だったからか、君には特に偏見を持って対処してしまった」
「……ライズさん、一つ聞いて良いですか?」
「なんだい?」
「……何故、俺にそんな話を?」
ライズさんは俺に腹を割って話をしてくれた。お陰でこの人に対する印象は随分と変わったが、その話を何故俺にするのか分からなかった。
俺の質問を聞いて、ライズさんは少し沈黙した後……優しい微笑みを浮かべる。
「……君には、謝罪のほかに言わなければならない事がある」
「え? なっ!?」
そう言った直後、ライズさんは再び地面に手をつき、深く頭を下げる。
「……本当に……ありがとう……」
「え?」
「父に送られてきた手紙から、君がリリアとジークリンデの仲を修復してくれた事も、ジークリンデの声を取り戻してくれた事も知っている。君にはどれ程の礼を尽くせば、感謝を伝え切れるか分からない」
「……そんな、俺は別に……」
「ありがとう……本当に、ありがとう……リリアンヌの心を救ってくれて……」
「ライズさん……」
ソファーに雫が落ち、震える声からライズさんが涙を流しているのが分かった。
本当にこの人はリリアさんの事が大切で、リリアさんの心から愛しているんだろう。
ライズさんは何度も、何度も俺に礼の言葉を告げ、しばらく涙を溢した後で立ち上がる。
「……本当はもっと早くに伝えるべきだったが、遅くなってすまなかった」
「いえ、ライズさんの本心が聞けて、よかったと思います」
「……ありがとう。ミヤマくん、君に一つだけ頼みたい事がある」
「頼みたい事?」
そう言ってライズさんは俺の目を真っ直ぐ見つめ、恐らく一番伝えたかったであろう言葉を告げる。
「……君が最後にどんな選択をしても構わない。ただ、この世界に残るにせよ、元の世界に戻るにせよ……リリアンヌの気持ちには真摯に向い合って欲しい。私が願うのは、それだけだ」
「……はい。分かりました」
「……ありがとう。今後なにか困った事があれば、いつでも言ってくれ、喜んで君の力になろう」
穏やかな表情で微笑みを浮かべるライズさんを見て、俺もその言葉の重さをしっかりと胸に刻み込んだ。
拝啓、母さん、父さん――実際に会ってみると印象が変わるってのはあるもので、ライズさんは想像していたのと大分違った人だった。そして、なによりも――妹思いの兄だった。
ライズさんが部屋から去っていき、その後姿を見送った後で息を吐く。
「……ちっ、手土産も無しですか、国王の癖にしけてやがりますね。せめてクッキーぐらい――痛いっ!?」
「お前は、空気を読むって言葉を勉強しろ!!」
「ぎにゃあぁぁ!? ほっぺ取れるうぅぅ!? ごめんなさい!! なんか真面目な空気は、茶化したくなっちゃうんですよ……まぁ、ノリで? ――ふぎゃっ!?」
「余計悪いわ!!」
しんみりした空気を一撃で粉砕した馬鹿をぶん殴る。
ちょっとコイツ……説教決定……
男キャラが一話丸々メイン……もう王宮訪問と言うか、リリア編になりつつある気が……




