閑話・メイドの兆し
ちょっと次話に苦戦中なので、2話ほど閑話を挟みます。
それは、かつてクロムエイナの下で六王たちが生活していた時の話である。
魔界の中心部にあるクロムエイナの住処では、基本的に食事は家族で一緒に食べることが多い。そもそも高位魔族ばかりで食事自体は必須ではないのだが、クロムエイナが食道楽とでも言うべきか、食べることを好んでいることもあって食事の機会は多い。
今回もアインが用意した料理が並ぶテーブルを家族たちで囲む。無論、サイズ的に家の中には入れないマグナウェルなども考慮して、テラスにて食事が行われることが多い。
「う~ん、いい匂いっすね。いやはや、アインさんは相変わらず料理が上手いですね」
「……不満そうですね。シャルティア? 文句があるのでしたら、遠慮なくどうぞ」
「……え? いや、むしろいま、私褒めませんでした?」
家族に加わってまだそれほど長い年月は経っていないシャルティアに対し、料理を用意しつつアインはなんとも言えない悔しさのにじむ目を向けていた。
その視線にシャルティアが首を傾げると、アインはプルプルと屈辱に震えるようにしながら絞り出す。
「……確かに、貴女は多くの面において私の上位といっていい存在でしょう。私が目指すべき理想の従者像に私以上に近いとすらいえる存在です。認めましょう、貴女は今は私より格上です……ですが、未来までそうだとは思わないことですね!」
「えぇ、なんかどちゃくそに敵意向けられてんすけど……クロさん、なんすかこれ?」
目に涙すら滲ませながら告げるアインに対し、シャルティアはなんとも言えない表情を浮かべて少し離れた場所に座っているクロムエイナに声をかける。
するとクロムエイナは苦笑を浮かべつつ、シャルティアの疑問に解答した。
「いや、料理とかいろいろな勝負でシャルティアに全敗したのがよっぱど悔しかったみたいでね」
「……たんに年季の差ですよ。アインさんだってどれも高レベルですし、そう遠くない内に同じぐらいのレベルになりますよ」
「……よ、余裕ぶっていられるのも、いまのうちだけと思いなさい。その勝ち誇った顔を、必ず打ち砕いてみせます」
「いま私フォローしましたよね? なに言っても駄目っすか!?」
そう、新しく家族に加わったシャルティアは極めて万能であり、あらゆる分野を極めているとでも言うべき存在だった。
きっかけは、たまたま気まぐれで料理をしていたシャルティアを見て、その技術に衝撃を受けたアインが勝負を挑み敗北。理想の従者を目指すアインとしてはその敗北はどうしようもなく悔しく、他にも服飾なども含めた様々な分野で勝負を挑み……全敗していた。
現状ではシャルティアは完全に己の上位互換であると認めざるを得ず、悔しさを隠しきれない状態となっており、シャルティアに対して強い対抗意識を持っていた。もっともシャルティアの方は対抗意識などはまったく無く、むしろ「手を抜いて負けとくべきだった」と後悔すらしていた。
「いいですか、理想の従者に到達するのは私です。貴女ではなく……絶対に負けませんからね」
「いや、私はそんなもん目指してないんすけど……わざわざこっちに関わらずに、勝手に理想のメイドを目指しといてください」
「…‥メイド? シャルティア、メイドとはなんですか?」
シャルティアが呆れつつ口にした言葉に、アインが反応した。シャルティアは別の世界から来訪した存在であり、アインたちの知らない知識を多く有しているのは理解していたが……それはそれとして、メイドという言葉には何か強く惹かれるものがあった。
「え? ああ、こっちの世界じゃそうは呼ばねぇんすね。まぁ、女性従者を指す言葉だと思っておけばいいですよ。別に気にすることじゃ――」
「……メイド……メイド……なんでしょう、この運命的なものを感じる響きは……」
「――あ~なんか、余計なこと言ったかもしれないです。この話はやめて、さっさと食事を……」
「待ってくださいシャルティア! そのメイドというものについて詳しく教えてください!! なんとなくではありますが、私が求めていたもののような気がするのです!」
理由は分からない、根拠もない。だが、アインの魂の奥底が叫んでいた。彼女の追い求める理想の従者、そのビジョンを明確にするために、そのメイドという存在は欠かせないものであると……。
凄まじい熱量を持って詰め寄られたシャルティアは、なんとも言えない嫌そうな表情を浮かべた。
「……なんか、面倒臭そうなので嫌です」
「くっ……そう簡単には、理想の従者へのヒントは教えてくれないというわけですね。いいでしょう、ならばこうしましょう。私が貴女に勝利した暁には、そのメイドについて教えてもらいます!」
「いや、私へのメリットゼロじゃねぇっすか!? 分かりましたよ、そんな勝負したくないですし、食事のあとで教えますよ……」
「シャルティア! ありがとうございます!!」
「……さっきまで、親の仇みたいに睨みつけてたのに、態度変わり過ぎでしょ……」
心底嬉しそうに笑顔を浮かべるアインとは対照的に、シャルティアは心底面倒なことになったと言いたげの表情を浮かべていた。
そしてこのやり取りが、この世界……トリニィアにおいてのメイドの認識を大きく変えるきっかけとなった。
シリアス先輩「あれ? メイドって、過去の勇者役から伝わってと思ってたんだけど……」
???「いいえ、違います。まぁ、世間的にはそう認識されてますが、実際は大きく違います。人界に関しても、友好条約以降アインさんが『勇者役から伝わったという体』でメイドについて広めていきましたからね。そうでなければ、並みの騎士よりストロングなメイドが一般常識になるわけがないです」
シリアス先輩「あぁ……まぁ、それはたしかに……じゃあ、元を辿るとお前のせいじゃね?」
???「いや、流石にそれは極論でしょ。いくらアリスちゃんの頭脳でも、あんなやりとりからメイドに異様な執着を見せるモンスターが生まれるなんて予想できねぇっすよ……」