もっとベビーカステラの可能性を求めて④
マグナウェルさんに話を聞いたあとは再び移動をする。六王を順に回ってると考えると、次はアイシスさんかメギドさんのどちらかだろう。
アリスも六王ではあるが、アリスは特に魔界に拠点とかは存在しない筈だし、既に2回も意見を聞いているのでこれ以上は無いだろう。
クロの転移魔法で辿り着いたのは、見覚えのある巨大なコロシアムだった。
「うん? おぉ、クロムエイナにカイトじゃねぇか! どうした、急に?」
そこに居たのはメギドさんであり、巨大な盃で酒を飲んでいた。聞いた話だと、鍛錬をしたあとに酒を飲むことが多いらしいので、鍛錬の後だと思う。
なんか、コロシアム内の魔力がやたら濃いし、あちこちに血の跡のようなものも見え上に、よく見るとコロシアムもボロボロ……メギドさんの容姿も相まって、大魔王が惨劇を引き起こしたみたいな雰囲気である。
「メギド、お酒飲む前に掃除しなよ」
「うん? おお、そういや、血が結構付いてんな。いや、前の神界の戦いのおかげで若ぇ連中もやる気があっていいぜ。友好条約以降腑抜け気味だったからな。鍛えがいもあるってもんだ」
「……血の量が凄いですけど、死んだりしてません?」
「あん? 普通に死んでるぞ。別に死んだら生き返らせりゃいいだけだしな」
「……そ、そうですか……」
死ぬほど厳しい鍛錬どころか、文字通り死ぬ鍛錬らしい。まぁ、伯爵級最上位以上になれば死者の蘇生とか普通にできる人ばかり、口ぶりからして本当に普段の鍛錬っぽい感じである。
スパルタなんてレベルではないが……たぶん戦王配下の人たちは嬉々として挑んでるんだと思う。オズマさんから聞いた話ではあるが、メギドさんとの鍛錬は志願制で強制ではないが、いつも希望者が多すぎて『メギドさんと鍛錬する者を選抜するためのバトル』が勃発するとのことなので、基本的に皆血の気が多いのだろう。
そんなことを考えているとメギドさんがパンッと軽く手を叩くと、周囲の血の跡などが消えて壊れていたコロシアムも元に戻った。
「せっかく来たんだし、お前らも飲んでけ! ほらよ!」
「相変わらず好きだねぇ」
「ありがとうございます」
配下がやる気を出していて上機嫌なのか、楽しげな様子で俺とクロに酒を渡してきたので、少し一緒に頂くことにした。
戦いと宴会しか頭にないというのも頷ける。まぁ、実際は戦いのための鍛錬も含まれるが、ともかくメギドさんらしいと言えばメギドさんらしい。
「それで、なにしに来たんだ?」
「ああ、いまカイトくんと一緒にベビーカステラの可能性を探しててね」
「ベビーカステラね。俺は甘すぎて嫌――ああいや、ちょっと苦手なんだよなぁ」
嫌いと言いかけたメギドさんだったが、クロの好物を嫌いを言い切ることが憚られたのか少し苦手と柔らかめの表現に言い直すあたり、クロを慕っているというのが伝わって来た。
そしてメギドさんは、軽く顎に手を当てて考えるような表情を浮かべて口を開く。
「アレだ。いっそ、辛いベビーカステラとか作れねぇのか? そういうのだったら、俺も食いやすくていいんだけどな」
「メギドは辛い物が好きだね。けど、辛いベビーカステラか……確かに、ベビーカステラは甘い味っていうのも固定概念だよね。実際いろいろな味に変えてみたことはあるけど、辛くする前提で材料とか考えるのもいいかもね」
「ソーセージ入れたりとか?」
「あっ、いいね、カイトくん。それ美味しそうだよ!」
まぁ、ただのチリドックのような気もするのだが……。
「チーズとかも合うんじゃねぇか?」
「確かに辛い味とチーズは合うね」
ホットドックかピザか……いや、確かに美味しそうではあるが、果たしてそれをベビーカステラと呼んでいいものか?
「カレーをベビーカステラに入れるのはどうだろ?」
「ほぅ、そいつは面白そうだな。だが、工夫しねぇと外に漏れちまわねぇか?」
「その辺は表面を揚げたり、カレーを固めにしたりすれば解決しそうだね」
いや、それもう、完全にカレーパンなのよ……まぁ、盛り上がってるのならいいのかな? とりあえず、辛めのベビーカステラを作る方向で話が進んでいるみたいだ。
するとそのタイミングで、メギドさんがふとなにかを思いついたような表情を浮かべた。
「ああ、そういや、最近作った最高に美味いソースがあるんだよ!」
「うん? メギドが作ったの?」
「ああ、俺ひとりってわけじゃなくてシアと一緒に作ったんだが、クリムゾンソースって名付けたが、本当に最高の辛味だ! ほら、これだぜ」
「へぇ、ルビーみたいに綺麗な色だね」
なんだろう、滅茶苦茶嫌な予感がする。メギドさんが取り出したのは、クロの言う通りルビーの様に透き通った赤が特徴のソースで、見た目は本当に綺麗だった。だが、本当に嫌な予感がする。
「め、メギドさん? これの材料って、もしかしてシアさんが持って来たんじゃ……」
「うん? ああ、2年ぐらい前に手に入れて栽培して増やしたらしくて、そっから試行錯誤してこのソースに行き着いたんだよ」
「へぇ、2年かけたんだ。じゃあ、完成度も高そうだね……どれどれ」
「あっ、待ったクロ! それ絶対滅茶苦茶辛いやつだから!!」
「あはは、大丈夫だよ。こう見えてボクも辛いのは平気――」
間違いなくそのソースに使われているのは、俺がシロさんに作ってもらってお礼としてシアさんに渡したあの食材である。常人なら食べれば死ぬという恐ろしい辛さの代物……慌ててクロを止めようとしたが、制止もむなしくクロは指にソースを付けてひと舐めして、優しい笑顔を浮かべた。
「……ふ~ん……そっか……なるほどねぇ」
「ク、クロ?」
「……ク、クク、クロムエイナ?」
クロは笑顔だった。本当に優し気な笑顔で、声も不自然なぐらいに優しかった……だが、なんだろう? 感応魔法を使わなくても伝わって来たこれ以上ないほどの怒り……メギドさんも完全にビビっている感じがある。というか、笑顔のはずなのに滅茶苦茶怖い!?
シリアス先輩「メギド、死んだのでは?」
???「い、いや、クロさんの性格上。自分で舐めた訳ですし、理不尽に怒ったりはしないとは思うんですけど……分かりませんね。とりあえずゴリラの墓作っときましょう」




