ベビーカステラの可能性を求めて⑦
リグフォレシアでの食材の購入は上手く行った。ついでにレイさんとフィアさんにハミングバードを送ってみたが残念ながら不在だった。
他にもシンフォニア王国で俺とクロの共通の知り合いだと、まだライズさんも居る。だが、オーキッドにハミングバードで確認したところ会議中みたいだったので、邪魔することもないだろうとやめにした。
というわけでシンフォニア王国から移動して、アルクレシア帝国にやってきた。少し話に出ていたクリスさんの元を訪ねるためである。
完全にアポなしではあったが、さすがは六王というべきか顔パスだった。
「クロム様! ようこそいらっしゃいました」
「久しぶり、クリス。仕事中にごめんね」
「いえ、クロム様ならいつでも大歓迎です」
案内されて執務室に辿り着くと、普段の落ち着いた様子とは違いどこか無邪気に見える笑顔を浮かべたクリスさんが出迎えてくれた。
クロを慕っている感じがこちらまで伝わってくるみたいで、なかなかに微笑ましかった。
「お邪魔します、クリスさん」
「ミヤマ様も、ようこそ。あまりしっかりとした歓迎もできずに、申し訳ありません」
「いえ、どうかお気になさらず」
クロに挨拶を終えたあとで、俺にも微笑みながら挨拶をしてくれるクリスさん。こうして接していると最初の頃と比べると、ずいぶんクリスさんとも親しくなったような気がする。
「少々お待ちを、茶と菓子を用意させます。先日、ラズ様に分けていただいた果実で作った菓子がありますので……」
「ラズさんも、よくここに来るんですか?」
知り合いの名前が出たので尋ねてみると、クリスさんは楽しそうに微笑みながら頷いた。
「えぇ、というより一番多く訪れてくださるのはラズ様ですね」
「クリスとラズは、前から仲良しだよね」
「ああ、そういえば俺の誕生日の時のカラオケでもペアを組んでましたね」
「そうですね、親しくしていただいております。まぁ、もっとも……そもそもラズ様と仲の悪い方というのは、私には思い当たりませんがね」
「あはは、ラズは誰とでもすぐ仲良くなっちゃうからねぇ」
たしかにラズさんの社交性はすさまじい。天真爛漫で無邪気に見えて、相手のことを気遣ったりと優しく思いやりのある面もある。誰とでも積極的にコミュニケーションを取りに行くし、コミュ力おばけと言っていい。
「それで、クロム様? なにか相談事があると、伺いましたが?」
「うん、じつはいま、カイトくんと一緒にベビーカステラの新しい可能性を探していろんな人から意見を聞いててね、クリスはなにか思いつかない?」
「ベビーカステラの可能性ですか……なるほど、なかなか難しい課題ですね。ベビーカステラはすでに高い完成度をほこる料理です。そこに手を加えるとなると、懸念されるのは質の劣化……それを抑えたうえで、新たな可能性となると……」
クリスさんって基本的に真面目だし、なんだかんだで人がいいんだよな。突然の来訪にベビーカステラの可能性とかいう珍妙な質問でも、ちゃんと真面目に考えてくれる。もちろん相手がクロだからというのもあるのだろうが、それでも俺が同じ質問をしても同じようにちゃんと考えてくれたと思う。
「……月並みになってしまいますが、形に変化をつけてみるというのはいかがでしょうか? クロム様が普段食されているベビーカステラは、持ちやすさと食べやすさを兼ね備えた素晴らしい形ではあると思います」
「……なるほど、だからこそ、逆に固定概念があるかもしれないってことだね」
「はい。そこに手を加えてみることで、新しい可能性が見つかるかもしれません。申し訳ありません、私に思いつくのはこれぐらいで」
「ううん、参考になったよ、ありがとう」
魔界の頂点である六王のひとりと、人界の王のひとりが真剣な表情で話し合っているのは、世界の命運でも政治的なものでもなく、ベビーカステラについてだと思うと変な感じではあるが……まぁ、いまさらかな。
「……たしかに形を変えると食感も変わりますし、変化っていう意味では結構大きいと思います」
「そうそう、カイトくんの言う通りだよ。たしかに普段のベビーカステラは完成されているけど、ソレが唯一絶対の正解ってわけじゃない! ソレに気付けただけでも大きな収穫だよ」
「お役にたてたのなら、なによりです……ですが、その、クロム様? ひとつお伺いしても?」
「うん?」
単純そうに見えてかなりいい意見を貰って上機嫌のクロに対し、クリスさんはやや戸惑いがちに質問を口にした。
「……え、えっと……なぜベビーカステラの可能性を探されているのでしょうか?」
「そこに、ベビーカステラがあるからかな」
「………………なるほど」
クロの返答にクリスさんは珍しく何度か表情を変えたあと……頷いた。たぶんいろいろなものを全力で飲み込んで、失礼がないように無難な返事をしたのだろう。
「ああ、そういえばミヤマ様。カオリさんと知り合ったみたいですね。久々に届いた手紙で、楽しそうにミヤマ様の話を書いてましたよ」
「あっ、そういえば知り合いなんでしたね。香織さんもクリスさんには頭が上がらないって言ってましたね」
「カオリちゃんっていうと……えっと、セイギくんのひとつ前の勇者役だったかな? そういえば、最近ラズも知り合いになったとか言ってたような……」
クロも一通り過去の勇者役とは話したことがあるらしく、香織さんのことも知っているみたいだった。とはいえ、その後まではあまり知らないようで、俺とクリスさんから数年前に友好都市にお店を開いたと聞いた時は興味深そうにしていた。
「あとで行ってみたいね。食べ歩きガイドの友好都市編も書き直したいし……」
香織さんの胃が若干心配ではある。
シリアス先輩「おや、ちょっと意外。食べ歩きガイドとか書いてるからてっきり知ってるかと思ってた」
???「あと数年経てば普通に知ってたでしょうけど、定期的に書き直しているとはいえ新しい店のすべてをチェックしているわけでもないですしね。あくまでクロさんの食べ歩きガイドは趣味の延長ですから……」




